イチロー獲得にマリナーズが戸惑う理由

 

2018年。再びセイフコ・フィールドの打席にマリナーズのユニホームを着たイチローが立つことがあるのだろうか。

試合が始まる時、一塁側のダグアウトから右翼の守備位置へ一目散に走り出す、あるいは試合前にホームのクラブハウス内で床に寝転がってストレッチをするーーかつては当たり前だったそんなイチローの姿を、また目にすることはあるのだろうか。

復帰を巡って今、水面下では、様々な思惑が交錯する。

メジャーでは、そのチームの“フランチャイズ・プレイヤー”と呼ばれた選手が、移籍を経て、キャリアの終盤になってから古巣に復帰する、というパターンは少なくない。

最近なら、1993年のドラフトでツインズに指名され、2007年まで過ごした後、エンゼルス、タイガースを経て、2015年にツインズに戻ったトリー・ハンターがそうだった。

1998年、カブスで衝撃的なデビューを果たしたケリー・ウッドも2009年にインディアンズに移籍したが、最後はカブスで現役を終えた。

 

1987年のドラフトでマリナーズに1位指名されたケン・グリフィーJr.も、2000年にトレードでレッズに移籍したが、ホワイトソックスを経て、2009年にマリナーズと契約した。

古いところで言えば、現在はドジャースの試合のテレビ解説などを務めるオーレル・ハーシュハイザーも、1979年のドラフトでドジャースに指名され、1995年にチームを離れると、インディアンズ、ジャイアンツなどを経て、2000年にドジャースに復帰。その年のオフに引退した。

敬意を込め、球団の功労者に花道をーー。

 

契約の背景には、集客をあてこんだマーケティングな要素もあるが、一部のスーパースターに対するそうした配慮は、長く行われてきた。

ただそのことは、美談として捉えられる一方、非情な一面もある。

なぜならそれは、カーテンコールとほぼ同義なのである。

もちろん、ジム・トーメ(インディアンズなど)やリッキー・ヘンダーソン(アスレチックスなど)ら、30代後半、あるいは40歳を超えて古巣に戻りながら、さらに別のチームに移籍したという例がないわけではない。

しかし、誰もが納得する成績を残さない限り、その先はない。

おそらく、アンコールは1回まで。

選手と球団は、それを含んで契約を交わすことになる。

マリナーズも今、そんな暗黙の了解とどう向き合うか、答えを模索している。

2014年のオフにヤンキースからフリーエージェントになった時、マリナーズはもちろん、イチローを呼び戻すことを検討した。

ところが、一部でためらいの声が上がった。

控えで起用するという難しさに加え、イチローのキャリアに一種の縛りを設けることにならないか、というのだ。

 

彼らにはまた、苦い思い出もある。

先程も触れたように2009年にマリナーズはグリフィーを呼び戻した。

その1年目、グリフィーは主に指名打者として出場すると、打率は2割1分4厘ながら、19本塁打を放った。

さらにチームは、プレイオフ出場こそ逃したものの、85勝を挙げて、101敗した前年から大幅に勝ち星を増やした。数字以上の効果があったのである。

するとそこでマリナーズは欲をかいた。

グリフィーと再契約を交わしたが、翌2010年は開幕から不振。

5月に入って、試合中にグリフィーがクラブハウスで寝ていたとも報じられた。

6月に入って、突如引退が発表されたが、グリフィーは、誰に告げることなく車でシアトルを離れ、オーランドの自宅に戻る途中で、それが明らかとなっている。

よってあのとき、引退会見もなければ、ファンに最後のユニホーム姿を見せることもなかった。

一連の経緯には後味の悪いものが残り、一部のオーナーはこの時、

「1年で引退していれば、晩節を汚すようなことはなかった」

と再契約の決断を後悔したそうだ。

チームもグリフィーも負った深い傷。

それゆえ、彼らは“カーテンコール契約”に臆病なのである。

かといって、他球団でユニホームを脱ぐ、という事態だけは避けたいのがマリナーズの本音ではないか。

ただ、その時期が読めない。

 

契約すれば、一種の足枷へと形を変える可能性もある。

本来なら、必要な戦力なのかどうかが大前提だが、イチローとの契約となると、単純な話ではなくなる。

最後に求められるのは、マリナーズの覚悟。

それが問われる中、2018年の年が明けた。

 

イチローはマリナーズのユニフォームが似合うな~

 

 



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