【北九州・連続監禁殺人事件】天才殺人鬼の息子は、その後をどう生きたのか

 

北九州・連続監禁殺人事件とは

人の弱みにつけこんで監禁をして金を巻き上げ、拷問と虐待によってマインドコントロール下に置き、お互いの不満をぶちまけさせて相互不信を起こして逆らえなくし、被害者同士で虐待をさせることで相互不信を一層深くさせ、自分の手は汚さずに用済みとなった人間を殺害して死体処理を行わせた(裁判では6人の殺害と1人の傷害致死)。

犯罪史上稀に見る凶悪犯罪とされ、第一審で検察側は「鬼畜の所業」と容疑者男女を厳しく非難した。

非常な残虐性・悪質性にもかかわらず、事件に報道規制がかけられたとされ、事件の知名度は高くない。

その理由は事件があまりに残虐な事柄が多く、事件に報道規制がかけられたとされた。

当初は地元の報道機関を中心に報道をしていたが、内容があまりに残虐であるため途中から報道機関が自主規制し、全国の報道機関での集中報道には結びつかなかったともいわれる。

 

【凄惨な虐待】

リンチは凄惨なものである。

食事は一日一回で、インスタントラーメンもしくは丼飯一杯。

10分以内に食べ終わらないと通電を加えた。また、つらい姿勢や直立不動を長時間強要し、少しでも動けば通電。

季節は真冬だったが、一切の暖房器具も寝具も与えず、ワイシャツ1枚で風呂場で寝かせていた。

栄養失調のため嘔吐や下痢を繰り返すようになると、その吐瀉物や大便を食べることを強要した。

その他にも裸にして冷水を浴びせる、殴打する、空き瓶で脛を長時間にわたって執拗に殴るなど、飽かず虐待を加えたという。

もちろん「通電」はもっとも頻繁に行なわれた。

 

【通電とは】

100V30A家庭用交流電源(俗に言うコンセント)から電線を裸にしてワニクリップで性器、乳首や顔に電気を流す行為。

身体が痙攣(けいれん)し、脳に直撃して頭の中が真っ白になる。

スタンガンと同じ効果。

 

【加害者】

【松永 太】

・1961年生まれ。98年逮捕時37歳。

・この事件の最重要人物。暗示的な言葉で殺人を強要した。直接、手を下さず殺人を実行した。

・表の顔は人当たりが良く、口が達者である(中学一年生で上級生を抑え校内弁論大会優勝)

・雄弁さを発揮して、学生の頃から教師を言い負かせた。

・流暢にウソを創作できる才能がある。

・裏の顔は鬼畜。モンスター。金銭欲が強く、冷酷で残虐。支配欲が強い。支配した人は奴隷以下の待遇にしても心が痛まない。そのための心理学を独学。

・相手が気が小さいとみると大声を張り上げ威嚇する。

・肩書きの高い人でも自由にコントロールしていた。

 

もしもこれがフィクションだったとすると、「現実的じゃない」という感想になってしまう。 それくらい残酷で猟奇的な内容だが、恐ろしい事にこれは実際に起きた事件であるという。

 

天才殺人鬼が全ての元凶

この事件における最大の特徴は、松永自身が一切自らの手を汚していないという点にある。

彼は取り調べの供述調書において、人生のポリシーを以下のように語った。

私はこれまでに起こったことは全て、他人のせいにしてきました。私自身は手を下さないのです。なぜなら、決断をすると責任を取らされます。

仮に計画がうまくいっても、成功というのは長続きするものではありません。私の人生のポリシーに、「自分が責任を取らされる」というのはないのです。

ならばなぜ、家族同士が勝手に殺し合うという異常な事態が生み出されたのか?

それは松永が監禁した家族をランク付けし、最下位のものにひときわ強烈な虐待を加えたからである。

ランクを気まぐれに入れ替えることによって、皆が松永の歓心を買うようになっていき、それが家族同士の互いの不信感を生み出し、殺害へと発展していった。

さらに、これだけ大量の人間を死んでいるにもかかわらず、遺体がないという点も特筆すべきことだ。遺体の解体作業に関する松永の発言は、虫唾が走る。

 

私の解体方法はオリジナルです。

魚料理の本を読んで応用し、つくだ煮を作る要領でやりました

どんな凄惨な事件について書かれたものであっても、ノンフィクションとして纏められた作品には、何らかの救いを求めて読む人が多いだろう。ただ後味の悪さだけが残るようでは、あまりにも空疎だ。

『消された一家』の場合、DVによる支配構造という特異な状況に理解を示すこと、そして刑務所に入ったあとの緒方純子の心の変化に、著者は僅かな救いを求めている。

しかし、それが救いにならないどころか、だからこそ葛藤を感じる別の視点が存在することに改めて気付かされたのが今年の出来事であった。

 

息子がドキュメンタリー番組に出演

松永と緒方が逮捕された時、別のアパートにいた二人の息子が保護された。

長男は当時9歳。

そしてあれから15年がたち、その息子がドキュメンタリー番組に出演したのである。

それが『ザ・ノンフィクション 人殺しの息子と呼ばれて…』だ。

記憶を辿りながらも、しっかりとした口調で語られる息子のその後の人生は、まさに戦いの日々であった。被害者でありながら、加害者の家族でもあるという事実が、彼に数多の十字架を背負わせる。

児童養護施設で育てられ、高校時代はガソリンスタンドで働きながら定時制高校へ。その後、里親の家から家出をしてからは、住所不定の人生が始まる。

今日、明日どう生きるのかという悩みを持ちながら、かつて自分の背中に包丁を突き立てた時の母の表情、死体を解体する時の臭い、そういった記憶の蓄積からも彼は逃れることができない。

後に息子は、父親にも母親にも面会へ赴いている。

特に印象的なのが、母親とのやり取りだ。

まず嬉しそうな顔をする→どうしているかを聞く→最後は決まって説教をする。

 

毎度のように3つのパターンが繰り返され、そのたびに彼は「今さら、母親づらするなよ。」と感じてしまう。

ある時など、「私が死ねばいい?」と言われ、「苦しんで生きろ」と返したこともあったという。

 

松永の手によって、過去を奪われた母と未来を奪われた息子。

母は息子に未来を見て、息子は母に過去を見る。だから一事が万事、話は噛み合わない。

ズレを感じながらも何度も母親に会いに行くのは、自分の過去に折り合いをつけなくては、未来を切り拓くことに確信が持てないからなのだろう。

殺人事件というものの理不尽さ、それを背負いながら生きていくことで見える世の中の不条理。

そういったものにやるせなさを感じながらも、一歩づつ未来へ歩もうとする息子の背中に僅かながらも救いのようなものを感じることができ、この番組を見て本当に良かったと心から思えたのだ。

 

なお、番組は12月15日(金)21時からフジテレビ系列にて再放送されるとのこと。

 

 



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