“東大卒、日テレ社員“のエリート人生を捨て、落語が聞ける小料理屋の女将に。

 

東京・台東区に、ひっそり佇む小料理屋「やきもち」。

37歳で日本テレビを退職し、たった1人でお店を開いた女将の中田志保さんがお客を出迎える。

30席のこじんまりとした和風の空間。

奥には、小さなスペース。

煮物や焼き魚などの料理を楽しんでいる途中に、いきなりそこに噺家があらわれ、45分ほど落語を披露する。

2016年9月にオープン。

ご飯を食べながら、目の前で落語のライブを楽しめ、さらに終わったあと噺家といっしょにお店でビールが飲めることも。

北海道から来るお客さんもいるほどだ。

 

テレビ局の「35歳限界説」

中田さんは東京大学を卒業後、新卒で日テレに入り、長寿番組の『笑点』を担当した。

テレビの仕事は重労働。メイクもせず、撮影に使うガムテープをジーンズに入れたまま過ごしていると、街でおしゃれな格好の女性とすれ違う。

「そういう生活にあこがれるときもあったが、テレビを通して人に楽しんでもらう、という仕事が何より楽しかった」

日テレの中には“35歳限界説“という言葉があるという。

35歳までに、ディレクターなどとして名前が売れないと、その後は大きく花開かないという意味だ。

35歳を迎えた中田さんに会社が言い渡したのは異動だった。

テレビ制作の現場を離れて、番組のタイムテーブルを作る部署に。日夜、CM料金を計算した。

「夜通し計算しまくって会社の利益が出ても、私には一銭も入ってこない。会社員って切ないなって」

「それでも今思うと、たとえ何もしてなくても、風邪を引いてお休みをもらっても、変わらず給料もらえるなんていい身分だったってことなんですけど」

 

37歳の決意「これを仕事に」

この頃、『笑点』の縁で、噺家を呼ぶイベントをプライベートで主催するようになっていた。

「元々人を楽しませる仕事がしたくてテレビをやっていたので、自分が作った場でお客様が楽しんでくれるのが嬉しくて。やっぱりコレだなぁって思っていました」

37歳のとき、日テレを辞める決意をした。

同僚は「思い切りがあっていいよな...」。

退職日には、上司がオープンしたばかりのお店のカードを配って「みなさん、食べに行きましょう」と送り出してくれた。

 

「コンビニでコーヒー買うのもやめた」

開業は、新しいことの連続だった。

物件は、最寄駅から徒歩10分の少し奥まった場所に。

立地はすこし悪いが、家賃を抑えるため。電気、ガス、水道、保険、掃除、アルバイトの労災...。

日テレの会社員時代には想像すらしていなかった出費。もったいないから、コンビニでコーヒーを買うのもやめた。

「どれだけ会社に食べさせてもらっていたかを痛感します。日本の会社って、みんなが安定して生活を送るための生活保障みたいなものだなぁって思いました」

お忍びで来た師匠

実践的な調理場での料理は3ヶ月で学んだ。

修行場所は、日テレを辞めるときの送別会で使われた東京・新橋の居酒屋。

店主が「応援しますね」と言ったのを真に受けて、転がり込んだ。

左手でエイヒレを焼きながら、右手でだし巻き卵を巻いて料理を覚える。

「ちゃんとした下積みがないから作っちゃいけないとか、そういう気持ちは全くない。いまも、大量の食材を抱えて自転車を毎日のようにこいでるとき、『私、何でこんなことしてるんだろう』と考える日もあるんですが、『辞めなきゃよかった』って思うことはないです」

のれんは桂歌丸師匠から、のぼりは春風亭昇太師匠からもらった。

お店のオープン直後には、マスクと帽子で身を隠しながら、三遊亭小遊三師匠が様子を見にきた。

 

小料理屋「やきもち」と「テレビ」には共通点もある。

「やきもち」も毎週火曜、日曜と日にちを決めて、ほぼ同じ時間に、落語家が高座に上がって芸を披露する。テレビの「笑点」は毎週日曜日の夕方におなじみの音楽が流れ、人なつっこい、いつもの落語家たちが出てくる。

「『笑点』が50年以上続いているのって、同じ方達が、毎週集まって話してるところ。同じ時間帯に期待していたコンテンツが流れるという「カレンダーのような機能」って大事なんです」と語る。

 

500円の「おはじき」

落語を世に広めたい、というわけでは必ずしもない。

「落語は文化として圧倒的にすごいので、私が関与してどうこうなるもんじゃないです(笑)」

店を開いている理由を聞くと、「世の中を面白い場所にしたいじゃないですか」

「やきもち」では、落語の演目が終わった後、お客さんがテーブルに置いてあるご祝儀袋に、おはじきを入れて、おひねりを落語家に渡すことができる。

おはじき1つ、500円。気持ちによって、何個でも渡すことができる。

 

「少しずつですが、お金で芸を育てる、芸を支えていく。そういう世の中にしたいんです。いつからか私たちは、お金はキタナイものだと考えるようになってしまった気がします」

「でも、お金はモノを買うだけの手段ではないです。色々な気持ちを表現するために使えるものだし、そういうお金との付き合い方をしている方を増やしたい。そんな思いでもお店をやっています」

 

 

 



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