「絶対に目を覚ます」意識を失った彼女を待ち続け「8年越し」に結婚。

 

2カ月後に花嫁になるはずだった女性が突然の病に襲われ、数年間意識がはっきりしない状態となった。

生死をさまようこともあったが、婚約者の男性は彼女の快復を信じて待った。

 

そして、奇跡は起きた。

女性は目を覚まし、2人は8年越しの結婚式を挙げた。

半年後には子どもも産まれ、家族としての暮らしが始まった。

11月19日は「家族の日」。困難を乗り越えて家族となった彼らに、この日聞いた。

 

「あなたにとって『家族』とは?」

夫婦は、岡山県和気町の中原麻衣さん(35)と中原尚志(ひさし)さん(37)。

2014年12月、2人は岡山市内の結婚式場で結婚式を挙げた。

ウェディングドレス姿の麻衣さんは車いすから立ち上がり、両親に支えられながらゆっくりとバージンロードを歩いた。

その先で、尚志さんが優しく麻衣さんを見つめた。

 

「これからよ、あんた」。控室でウェディングベールをかけながら、麻衣さんの母親、信子さん(61)が涙ぐんだ。麻衣さんもおえつを漏らした。

麻衣さんと尚志さんだけではない。2人の家族や親族らはこの日、喜びの涙をいっぱい流した。

それはこの結婚式がとりわけ特別なものだったからだ。

この8年前。2人は結婚するはずだった。

2007年3月11日のこと。だが、2006年の暮れに突然の悲劇が2人を襲った。

麻衣さんが突如、原因不明の病気で倒れたのだ。

麻衣さんは直近の記憶がなくなり、真夜中に「死ぬのは分かっていた」などと意味不明の奇声を上げるようになった。

脳外科を受診したが、原因はわからなかった。

精神科病院に入院し、一時は心肺停止の状態にもなった。

岡山大病院に移っても昏睡状態が続き、激しくけいれんしたり、暴れたりした。

「意識が回復する見込みは少ない」。医師からそう診断されたこともあった。

挙式するはずだった日は無情にも過ぎていく。

 

4月になって、ようやく原因がわかった。

「抗NMDA受容体脳炎」。

卵巣などに腫瘍ができたために、細菌やウイルスから身を守るはずの抗体が間違って自分の脳を攻撃。

それによって幻覚を見たり呼吸が弱くなったりし、その後は無反応の状態などが続くという病気で、発症率は100万人に0.33人と言われている。

 

5月には卵巣の腫瘍を摘出する手術を受けたが、劇的に状況が好転するわけではなかった。

それでも尚志さんは信じ、彼女のもとに通い続けた。

ようやく快復の兆しが現れたのは2007年秋。

 

麻衣さんの目が開くようになり、口を動かす時間が増えた。

「あなたの人生もあるのだから」。

辛抱強く待ち続ける尚志さんの姿を見かねて、信子さんは思わずそう言ったこともあった。

だが、尚志さんの気持ちは揺るがなかった。

 

「麻衣は絶対に目を覚ます。そしたら結婚するんだ」

 

尚志さんの思いが通じたのか、麻衣さんの状態は少しずつ良くなっていった。

2008年2月には人工呼吸が取れ、3月11日には初めて屋外を車いすで散歩した。

ちょうど1年前のこの日、結婚式を挙げるはずだった。

 

6月にはものを視線で追うことができるようになり、8月にはけいれんも減った。

指でグー、チョキ、パーもでき、意識レベルの向上が顕著になっていった。

 

その後、3年ほどかけて、自分の名前を漢字で書いたり、感情を出せるようになったりした。

 



2011年春にようやく退院。自宅で過ごすようになった。

家族を認識できるようになったが、どうしても尚志さんのことは思い出せないでいた。

 

「病室や自宅によく来て話しかけてくれるけど、誰?何でいつもそばにおるん?」。

麻衣さんは当時、そう思っていたという。

 

尚志さんのことを思い出すきっかけとなったのは、自分がかつて使っていた手帳だった。

2007年3月11日の欄に、「結婚式」と書かれていたのを見つけた。

「私、結婚しとったっけ?」。手帳にはほかにも、尚志さんとのツーショットのプリクラが貼ってあったり、デートの予定も書き込まれていた。

次第に記憶がよみがえり、交際相手だったとわかった。

 

2014年6月。2人は挙式するはずだった式場に連絡した。

式場担当者も顧客ファイルを整理する中で2人のことを知り、気になっていた。

 

結婚式の当日、式場側が2人の様子などを動画撮影した。

2人の許可を得て「8年越しの結婚式」としてYouTubeに投稿した。

 

麻衣さんと尚志さんにはもう一つ、奇跡が起きていた。麻衣さんが妊娠したのだ。

卵巣に関連した病気だっただけに、2人は「子どもは難しいかも」と思った時期もあったという。

挙式から半年後の2015年6月。

長男が誕生。

「愛される」の「あい」と「和む」にちなんで、「碧人(あいと)」と名付けた。

2人の壮絶な出来事は、どうしても夫婦の感動的な物語としてとらえられがちだが、麻衣さんはそう思っていない。

「結婚してからすぐに碧人が生まれただけに、私たちの人生はやっぱり碧人の存在が一番大きい」。

結婚式のとき、信子さんから言われたように、困難な出来事を乗り越え、むしろそこからが家族の物語が始まった、という思いだ。

尚志さんは

「人から『長い間、よく(麻衣さんのことを)待つことが出来ましたね』って言われるんですが、そんな格好いい話じゃないんです。僕が待てたのは、やっぱり周りの人の支えがあったからなんです。何と言っても家族、麻衣のご両親とうちの両親には感謝しています」

と話す。

3人は現在、麻衣さんの両親と同居している。

 

麻衣さんの父、秀和さん(62)は

「私は前向きな性格なんです。麻衣が大変だったときも『今日より明日、明日よりあさってはいいことがある』と思っていました。後ろ向きなことは絶対に思わなかった」

と話す。

一方、信子さんは

「麻衣が寝たきりだったころは、もし麻衣が亡くなったら私もついていこうと思ってました。だって、意識がまだぼんやりしていて、知能は2歳児ぐらいでしょ。『三途の川』もちゃんと渡れないじゃない。でも今は違う。もう行くなら勝手に行ってちょうだいってね」

と笑い飛ばす。

「こういう明るいご両親に何度救われたことか」

と尚志さんも笑う。

麻衣さんと尚志さんにとって、家族とはどういうものなのだろう。

 

「私にとっては碧人をどう育てていくかということが大きいかな。病気のせいで尚志と2人だけの家族の時間は短かったけど、碧人が生まれて3人家族になった喜びの方が大きい」

と麻衣さん。

一方、尚志さんはこう答えた。

「家族は運命共同体だと思う。いいときも悪いときも、自分のことのように受け止められる存在」

2人の物語は「8年越しの花嫁 奇跡の実話」とのタイトルで映画になる。

 

麻衣さん役を土屋太鳳、尚志さん役を佐藤健がそれぞれ演じる。

12月16日から全国で公開予定だ。

 

このご夫婦のなんて明るい笑顔・・・素敵ですね。

 

 

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