ハリウッドに負けてない・・・日本の芸能界「セクハラ白書」

 

ハリウッドの大物プロデューサーが、長年にわたって若手女優に、力を笠に着たセクハラを働いていた。

このニュースに世界が衝撃を受けたが、なんのことはない。

そんな例は日の本にもザックザク。

大物監督からスター俳優まで、掘れば掘るほど見つかるのだ。

 

きっと脚本家も同様だったのではないか。そう考えて、さる女優を妹にもつ人物に取材を試みると、

「僕は加害者だったほうなので、遠慮します」

という回答だった。

 

また、そのころは俳優たちも豪快だったようで、

「用心している俳優さんも多かったけど、若山富三郎と鶴田浩二は例外。鶴田さんは遊び人でしたから、東映ニューフェイスの新人女優さんなんか、みんな“洗礼”を受けてるんじゃないですかね。岸惠子から佐久間良子まで、共演した女優さんと次々に浮名を流しましたから」(同)

 

古参の映画関係者が、

「“共演した女優とやらないでどうする!”というのが口癖でね。そうしないと、いい映画が作れないと言うんです。ある俳優など吉永小百合と共演したとき“やったか”と聞かれ、“やってない”と答えると、“ダメだなあ”と言われた。実際、自分も共演女優と結婚しましたからね」

と語る俳優は石原裕次郎のことだ。

 

「松方弘樹」警戒警報

また、女優の西尾三枝子(70)はこう話す。

「共演している俳優さんから“近くに泊まってるから来いよ”と誘われていた子がいました。私は京都太秦の東映撮影所での仕事のとき、マネージャーから“夜中にホテルのドアをノックされるかもしれないから気をつけなさい。のぞき窓を見て、松方弘樹だったら絶対出ちゃだめだよ”と言われました。

結局、松方さんは来ませんでしたけど、あの人はあのころ、パイプカットして千人斬りするって豪語していたんです」

 

元大映の女優、南美川洋子(67)も言う。

「松方さんとは何度か共演させてもらいましたが、あるとき“洋子、お前、今晩行くからな”と言われまして、まだ18歳くらいでしたので震えあがって。その晩はソファやデスクで部屋にバリケードを作って待機しました。結局、何ごともありませんでしたが」

 

さる映画会社の元社員も、こんな話をする。

「1970年代半ば、『野性の証明』の撮影でアメリカに行ったときのこと。松方さんはホテルの廊下を歩きながら、一言も喋らずに札束を高らかに上げて女に見せていたんです」

 

ある演劇プロデューサーは、若いころも豪傑だった勝新太郎が、還暦を迎えてからのことを回想する。

「宇野信夫さん原作の芝居『不知火検校(しらぬいけんぎょう)』に出ていたときだから、94年ごろだと思いますが、とにかくすべての女優さんに声をかけて、口説き方がまた上手い。最初は芝居の話をしているのですが、徐々に相手の女に迫って“やろう、やろう”と言い出し、最後は“お前の家に行くよ”と押し切って、本当に行っちゃう。

今までそうやって落とせなかったのは“若尾文子と藤村志保だった”と言っていた。なにしろ、まだ10代の宮沢りえにも声をかけていましたけど、りえママがいたから叶いませんでした」

 

「仕事は一切なくなるよ」

もっとも、監督やプロデューサーと、あるいは大物俳優と女優の間に結ばれた肉体関係が、セクハラの結果であり、打算の産物であったかどうかを、判定するのは難しい。

 

だが、宍戸錠は自身の体験を小説仕立てにした『シシド 小説・日活撮影所』にこう書いている。

〈単純明快だヨ。“ヤラセテクレタラ、この役をやる”ってンだろ。女優を選ぶか女を取るか、二者択一を迫られているみたいに大袈裟に考えない方がいい。

(中略)もしその役が本当に欲しいなら、仕事、女優の道を迷わず選んだ方がいい〉

 

シシドが交際している女優が、〈チーフ助監督に口説かれた〉ときの場面で、彼は彼女をこう突き放してみせているのだ。

 

女優の荻野目慶子(53)も、深作欣二監督(1930~2003)との関係について、自著『女優の夜』に記している。

親切心から監督にマッサージを申し出たところ、合意がないまま肉体関係に持ち込まれ、以来、毎日のように誘われたそうで、

〈そのエネルギーを拒否すべきだっただろうか。/拒否すれば、不調和を生むだろう〉

と悩んだというのだ。

 

女優の仁支川(旧・西川)峰子(59)も、自分に突きつけられたのは、非常に露骨な要求だったと、こう回想する。

「ある映画の撮影現場で、私が30歳前後のときだったと思います。プロデューサーが呼んでいるといわれて部屋に行ってみると、“俺の女になれ。次は主演やらせてやるから”と言ってきたんです。

“惚れた男じゃないとできませんから”と言って断ると、向こうは“それならここの仕事は一切なくなるよ”と言う。“結構です。どうぞなくしてください”と言って部屋を出ましたが、その後しっかり干されて、以後二十数年、その会社の仕事は来なかったんです。

でも、応じて身を委ねる女優はたくさんいますよ。そのプロデューサーが女優を個人的に駅まで迎えに行ったのも見ていますし。断って干された女優だって大勢いると思います」

 

加えて、こんな経験もしたという。

「五社英雄監督の映画の製作中、飲み会の席で私と監督がいる前で、プロデューサーが大声で“監督とデキてるから、いい役につけたんじゃないか”って言ったんです。そんなわけないんですけど。監督は怒っちゃって、唇をかみしめていましたよ」

 

また、前出の南美川洋子が受けたのは、むしろパワハラかもしれない。

「デビューから3年、大映代表としてインドネシア映画祭に出席して帰国すると、専務がハイヤーで迎えにきて、“次回作だから明日までに読んでおきなさい”と台本を渡されました。

でも脱がなければならないシーンがあったので拒絶すると、その後の会社の対応は掌を返したようになって、完全に干されてしまった。その映画は関根(現・高橋)恵子さんのデビュー作『高校生ブルース』でした」

 

そういう例を知っていれば、悪魔の誘いを断るのは難しいのだろう。

 

映画に力があった時代の話

さる映画関係者は、

「もう四半世紀は経つと思うけど、某映画会社の社長と雑談していたら、いまプロデューサーが病気でできないので年下キラーで知られた女優が空いてるから“お前やってこいよ”と言われたことがありました。もちろん僕は行きませんでしたけど、そういう関係だったってことでしょうか」

そう語りつつ、

「それも映画に力があった時代の話です。いまは女優に頼み込んで出演してもらっているような状況ですから、ハリウッドとはだいぶ違う。むしろいまは、テレビ業界でそういう話をよく聞きます」

と話す。

 

そこで試みに、女優の神楽坂恵(36)と結婚した映画監督の園子温氏(55)に尋ねると、

「いま、映画界はあまりお金が動かないし、むしろ芸能界じゃないですか。ただ、そうそう、僕が彼女に告白したこともセクハラになりかねないですよね」

 

そうおどけてみせたが、とまれ、昔のような“セクハラ”は、華やかなりし日本映画界の灰汁のようなものだったのかもしれない。

 

なんか・・・想像通りの世界なんですね。

 

 



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