熊谷6人殺害事件 今明かされる警察の大失態!

 

 

その日、彼は最愛の妻子を一度に失った。

犯人は全く面識のない外国籍の男。

 

埼玉県熊谷市内の長閑な住宅街が、悪夢のような惨劇に見舞われたのは一昨年9月のことだ。

同月14日に田崎稔さん(55=当時=、以下同)・美佐枝さん(53)夫妻の刺殺体が見つかったのを皮切りに、2日後の16日には白石和代さん(84)、さらに、加藤美和子さん(41)と長女の美咲ちゃん(10)、次女の春花ちゃん(7)が変わり果てた姿で発見された。

立て続けに6人もの命を奪い去ったのは、ペルー国籍のナカダ・ハデナ・バイロン・ジョナタン被告(32)だった。

 

加藤さんは、妻と小学生の娘2人を一度に失った遺族である。

 

彼は事件からの日々をこう振り返る。

「長いと言えば長かったですが、むしろ時間が止まってしまったような感覚でしょうか。

事件からの2年間、生きているという実感がわかない。そういう日々がずっと続いているんです」

 

加藤さんの妻子が命を落とした「現場」は、彼が事件の2年前に建てたばかりのマイホームだった。

 

「事件が起きてから1ヵ月くらいは、この家を手放すしかないな、と考えていました。30年ローンを組んで購入したばかりでしたが、何しろ、ここで妻と娘たちが亡くなったので……。

インターネット上でも“事故物件”として取り上げられました。その頃はまだ規制線が張られたままで、家に近づくこともできませんでしたけどね」

 

いかに買ったばかりとはいえ、加藤さんが自宅の売却を考えるのはむしろ自然だろう。

 

ところが、

「時間が経つにつれて、何と言うのか、自宅まで手放したらもっと後悔するんじゃないか、そう考えるようになったんです。

事件後は近所にある実家で暮らしているんですが、一周忌を終えた去年の10月頃から昼間だけこの家で過ごすようになりました。とはいえ、遺品を整理しようとしても、なかなか気持ちがついていかない。

むしろ、この家にいると、まだ家族が生きているんじゃないかと思ってしまう。娘たちが玄関のドアを開けて、“パパー”と言いながら帰ってくるんじゃないか、と」

 

この家で見つかった遺品のなかには、10歳の誕生日を迎えた美咲ちゃんが、美和子さんに送った手紙もあった。

 

〈お母さんへ

10年間育ててくれてありがとう。わたしは、10年間育ててくれたことを感しゃしています。おいしい料理を作ってくれてありがとう。それで毎日、元気に登校できるよ。よごれた服をきれいにあらってくれてありがとう。これからもよろしくお願いします。

4年2組 加藤美咲〉

 

母親に向けて何度となく「ありがとう」と綴った娘も、手紙を読んで顔をほころばせたであろう妻も、もうこの家に戻ることはない。

 

加藤さんの母親、つまり、美咲ちゃんと春花ちゃんを可愛がった「おばあちゃん」は脳梗塞で倒れて入院し、いまもリハビリ生活を続けている。

もともと血圧が高かったことに加え、事件直後にマスコミが殺到し、矢継ぎ早に飛ぶ質問に答えているうち呂律が回らなくなったという。

その年末には「おじいちゃん」が、さらに、年明けには加藤さんの兄もストレスから体調を崩し、入院を余儀なくされた。

 

3人の未来を奪った凄惨な事件は、残された家族から平穏な暮らしをも奪い去っていた。

 

 

さらに、悲痛な胸の内を吐露した加藤さんが、もうひとつ「悔やんでも悔やみきれない」と語ることがあった。

 

それは捜査に当たった埼玉県警による「失態」の連続だ。

 

群馬県伊勢崎市の惣菜工場に勤務していたナカダが、熊谷市に姿を現したのは一昨年の9月13日午後。

民家の敷地に座り込み、「カネ、カネ」、「ケイサツヲヨンデ」などと住民に片言の日本語で話しかけた。

まもなく、所轄の警察署に110番通報が寄せられる。

 

 

問題はここからだ。

ナカダは熊谷署に連行されて事情を聴かれたが、彼の求めに応じて署の玄関先でタバコを吸わせていたところ、猛然と逃亡を図ったのだ。

追いかけた捜査員も信号を無視して突っ走るナカダに振り切られてしまう。

この時、ナカダのパスポートや財布は署に残されていた。

県警は警察犬まで投入して行方を追ったが、その際、臭いが途切れたのは加藤さん宅のわずか3軒隣だった。

 

そして、翌14日、最初の犠牲者が出てしまう。

 

田崎さん夫妻が殺害された自宅の壁には、血文字で意味不明のアルファベットが書き殴られていた。

捜査員が駆けつけた時、すでにナカダの姿はなかった。

 

加藤さんが言うには、

 

「田崎さんご夫妻が亡くなる前日に、身分証もお金も持たずに不審な外国人が警察署から逃亡している。その上、田崎さんの自宅には外国語の文字が残されていた。捜査員の誰もが、その外国人が怪しいと感じたはずです。

しかし、県警は犯人が逃走していることを広く住民に知らせて、注意を促そうとしなかった。防災無線でも、拡声器を使ってパトカーで回ってもいいから、その時点で周知していれば状況は間違いなく変わっていたと思います。

この辺りは誰もが顔見知りなので、日中は戸締りをしていないお宅も多い。一方で、不審な外国人が逃亡していることを知らせれば、すぐに情報が集まったと思います。

どう考えても県警の対応には疑問が残るんです」

 

実は、ナカダが田崎さん宅を襲う直前、埼玉県警はある事件に頭を抱えていた。

朝霞市内に住むひとり暮らしの男性が自宅で絞殺され、9月12日に殺人と住居侵入の容疑で逮捕されたのは、県警本部の捜査1課にも配属された経験のある30代の巡査部長だった。

 

県警本部長は逮捕当日に会見を開き、以下のように謝罪している。

〈本県の警察官が重大な犯罪で逮捕されたことは痛恨の極みで、被害者ご遺族、関係者の皆さまに深くお詫び申し上げます。事件を重く受け止め、事実関係を踏まえて厳正に対処します〉

 

ナカダが熊谷署から逃走し、行方を晦ませたのはその翌日である。

 

「県警幹部を呼び出して問い詰めたことがあります。“不祥事が続くと警察の恥になる。だから、ナカダを逃がしたことを隠していたんじゃないか”と。

それには“そんなことは断じてありません、信じてください”と釈明していましたが、では、どうして犯人が逃走していることを近隣住民に知らせなかったのか。

その理由を問うと、彼はこう答えました。“捜査に夢中で忘れていた。ここまでの事件に発展するとは思わなかった……”。

言葉を失いましたよ。捜査の目的が新たな犠牲者を生まないことにあるのなら、一刻も早く住民に情報を伝えるべきだったと思います」

 

田崎さん夫妻が殺害されてからも、ほとんどの住民は殺人鬼が街を徘徊していることなど知る由もなかった。

つまり、誰もが次の犠牲者になり得る状態だった。

県警がどう言い訳をしようと、その点だけは紛れもない事実だ。

 

無論、遺族にとって最も憎むべき相手は犯人である。

だが、片言の日本語しか喋れない外国籍の犯人は、転落の影響で意識不明の重体に陥り、一時は責任能力の認定まで危ぶまれた。

いまもって何を考えているのかさえ判然としない犯人に、遺族がやり場のない感情を抱え続けてきたことは言うまでもない。

結果的に被害の拡大を食い止められなかった県警が責められても仕方のないことだろう。

 

愛する者を一瞬にして奪われた事件から2年間、遺族が否応なく背負わされた苦しみは察するに余りある。

 

しかし、加藤さんはこう続けるのだ。

「事件で悔しい思いをしているのは私たち遺族だけではないんです。美咲と春花が通っていた小学校の校長先生も心残りがあるんだと思う。

県警から学校に情報が寄せられていれば、子供たちを帰宅させずに校内に留めさせたかもしれない。そういう後悔があるんじゃないか。

運動会の時も、校長先生は友達の姿がよく見える場所に娘たち2人の遺影を置いてくれました」

 

事件当時10歳だった美咲ちゃんは、本来であれば今年の春に卒業する予定だった。

加藤さんから相談を受けた校長は、教育委員会に掛け合って美咲ちゃんのために卒業証書を作ってくれたという。

 

その卒業証書はいま、彼女が通学に使ったピンク色のランドセルに立てかけられている。

 

警察の失態はこの事件ばかりではありません。

一般の職業と違って仕事を怠けるようなことがあれば即「大事件」に発展してしまう。

警察官とはそういう職業です。

 

今一度その責任を重く受け止めて職責を果たしていただきたいと思います。

 

 

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