早実 清宮君の夏が終わる・・・

清宮幸太郎内野手(3年)を擁する早実が30日、第99回全国高校野球選手権西東京大会の決勝戦、東海大菅生戦(神宮球場)に臨み、2―6で敗れました。

清宮君は3打数1安打で、本塁打も出ず通算本塁打は107本で終わりました。

 

悔しいでしょうね・・・

 

おそらく甲子園出場を決めていれば本塁打の通算記録も塗り替えることができたんでしょうが。

 

また、4打席清宮君と勝負し1安打に抑え、甲子園を決めた東海大菅生もすばらしいですね。

 

2年前の決勝戦では七回まで5-0と早実をリードしながら八回に8失点し悲願を逃しました。

 

指揮官はこの試合でも「一瞬、よみがえったんですが」と“悪夢の八回”がよぎったと胸の内を明かしたそうです。

 

 

早実に限らず全国に甲子園を目指して日々練習を重ねてきた高校生が沢山います。

 

甲子園に出場して全国優勝が目標のチーム。

甲子園に出場してとりあえず一勝が目標のチーム。

ただただ甲子園代表が目的のチーム。

県予選で一勝が目標のチーム。

 

いろんな思いで練習を重ねてきましたが3年生はこれで高校生活の野球部活動は終了しました。

夢を諦めなければならない選手たちがほとんどだと思います。

 

 

「諦める」

 

日本語で「諦める」は放棄、断念、ギブアップなど、マイナスイメージで使われることが多いと思いますが、辞典で「諦」を調べると悪い意味はひとつもありません。

 

〔つまびらかにする。いろいろ観察をまとめて、真相をはっきりさせる。まこと〕

 

諦の意味は日本語では「明らか・明らかにする」に近いのだそうです。

実際に日本語の「諦める」と「明らか」は言葉として同源。

物事の真実の姿やありさまを明らかにすることで、やっと諦められるというニュアンスを、もともと含んでいました。

 

私たちが「苦しい」「つらい」「嫌だ」「つまらない」など、マイナスの感情を抱くのは、ことごとく自分の都合通りにならない時です。

こうした状況を仏教では「苦」と言うそうです 。

 

 

この夏惜しくも敗れ去った高校生諸君はどうすれば「諦め」がつけられるのでしょうか?

 

 

 

仏教用語を解説したブログに書いてありました。

以下

たとえば、会社勤めをしていて、日々暮らすだけのお金はあるけど「もっとお金が欲しい 」という都合(欲)があって、常日ごろからイライラしているとします。

お金がないのでお金が欲しい、もっとお金が欲しいと日々考えていれば、誰だってなかなか心が落ち着かないでしょう。

もし心穏やかに生きたいと望むなら、とことん自分の都合を明らかにしないとお金への過度な欲は諦められません。

 

具体的には、まず、自分はお金があったら何をしようとしているのだろうと考えるのです。

家を買う、車を買う、旅行に行く、美味しいものを食べる……。



これらはすべて自分が幸せになりたいという夢であり、都合であり、欲です。

つまり、自分が幸せになるための手段としてお金が欲しいのです。

 

ここで明らかになるのは、“お金は手段であって目的ではない”ということ。

これがわかれば、手段でしかない目先のお金の周囲を右往左往している自分の姿がありありと浮かびあがります。

 

目先のことばかりに目が向いてしまい、手段が目的になってしまうことはよくあります。

 

 

 

この夏敗退した高校生諸君は目的ははっきりしています。

「甲子園出場」ですね、その目的達成の為に日々苦しい練習をしてきました。

 

彼らにとって「物事が明らかになる」と言う事は「勝敗」ですね。

 

これもよほどの誤審でもない限り納得してしまいます。

 

彼らの「諦め」はその「目的」が達成できない理由が明確に「勝敗」となって現れる為、本来の意味での「諦め」

〔つまびらかにする。いろいろ観察をまとめて、真相をはっきりさせる。まこと〕

 

物事の真相を明らかにした上で諦めたことは、屋台骨として人生を支えこれからの人生を歩く上で堅牢な杖になることでしょう。

 

「損得」という言葉を日常の中で使ってしまう人がいます。

 

あんなに練習したのに・・・

あんなに尽くしたのに・・・

あんなにお金使ったのに・・・

 

損得で動く人は、得をするためには人も裏切ることがあります。

そんな人を信用する人がいないのは当たり前です。

損得は経済の用語であって、人生に当てはめても仕方がありません。

 

 

敗れた高校球児達はケガ等で悔いが残っている選手もいるかもしれません。

 

余命数週間の患者をケアする看護師さんによると、患者からよく聞く後悔のナンバー1は、夢を追わなかったことだそうです。

 

 

彼らは夢を追い続けました。

そして、明確にその夢を諦めなければなりません。

 

敗れた彼らに残るものは一緒に練習してきた仲間達との深い絆なのではないでしょうか。

 

 

清宮君の次の夢はなんでしょうか?

 

 

 

 

 

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