小野田 寛郎 さん 死去で・・・

2017/02/06

太平洋戦争の終戦を知らずにフィリピン・ルバング島で30年間過ごした

元陸軍少尉の小野田寛郎(おのだ・ひろお)さんが死去されました。

20140117210831d12s

当時のマスコミは

「旧日本軍の洗脳を受けた犠牲者」

「敗戦を知らずに戦い続けた愚か者」

などと書いたところもありましたね。

あなたの「生還」してきた姿を見て「なんて日本人なんだろう。」って思いましたね。

 

エピソードも様々あります

戦時中に自身が体験した人間が持つ潜在的な能力にも触れている。本当に命を賭けなければいけないと必死になった瞬間、頭が数倍の大きさに膨らむ感覚と同時に悪寒に襲われ身震いし、直後、頭が元の大きさに戻ったと感じると、あたりが急に明るく鮮明に見えるようになったという。「夕闇が迫っているのに、まるで昼間のような明るさになりました。そして、遠くに見える木の葉の表面に浮かぶ1つ1つの脈まではっきり認識することができました。そうなると、はるか先にいる敵兵の動きも手に取るように分かります。それこそ、相手が射撃をする直前にサッと身をかわして銃弾を避けることさえできると思いました」 。命を賭ける場面が、命を賭けなくても大丈夫だという自信に変わった瞬間だったという。(from Wikipedia)

 

本当の極限状態で生きていたんですね。

 

そんな彼の名言です

世の中には出来そうにないことでも、やらなければならないことがあるし、

できることでもやってはいけないことがある。

この判断基準こそが、その人の価値を決める。

 

豊かさは自分の心で感じるもの。不便さは何とでもなる。

最後は自分の五体で何とかなる。

 

過去は捨てることはできない。現在は止めることができない。

しかし、未来は決めることができる。

 

日本に帰還した時、やたらと「権利と義務」という言葉が目についた。

私が少年の頃は「まず義務を果たすこと」を教えられた。

権利は義務を果たせば自ずと与えられるもの。

 

夢や希望を語るのは思っているだけ。それを目的に変えなければ達成できない。

「したいと思います」から「やります」に変えるべきだ。

 

 

そして彼のお母さんの言葉です。

 

いつも美味しいご飯を食べられ、きれいな着物を着られるのは、誰のおかげですか。

たとえお金があっても、それを作ってくれる人がいなければ、手に入らないのですよ。

だから「世間」ではなく、「世間様」というのです。

 

その通りです。尊敬すべき「小野田家」です。

 

-話題
-