東電OL事件 無罪だった男性の今

 

出稼ぎ先の異国で塀の中に落ちた青年は、最後は大金を手に帰って行った。

1997年3月に発生した「東電OL殺人事件」。

逮捕されたネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリさん(52)は、いったん刑務所に収監されながらも無罪を勝ち取った。

 

「被害者は、東電初の総合職入社の女性で、当時、年収も1000万円ほどあった。その彼女が、夜な夜な渋谷・円山町界隈で売春をしていたのだから、すさまじい衝撃がありました」

97年5月には、彼女の“お馴染み”であったゴビンダさんが、強盗殺人容疑で警視庁に逮捕される。

「00年の一審判決では無罪となりましたが、控訴審では一転、無期懲役に。03年10月には上告が棄却され、刑が確定したのです」

 

ゴビンダさんは05年、収監先の横浜刑務所から再審請求。

東京高裁は12年6月、再審開始を認め、ゴビンダさんの刑の執行停止を決定した。

 

「その年の10月、再審の初公判が開かれ、事前に被害者の爪からゴビンダさんとは別人のDNAが検出されていたこともあり、検察側は最初から無罪を求め、即日結審。翌月には無罪が確定しました」(同)

不当に勾留されたとして刑事補償請求を行ったゴビンダさんには13年、補償額上限の約6800万円(1日当たり1万2500円)が、国から支払われたのである。

 

「豊かに暮らせている」

ネパール帰国後、本人を取材したノンフィクション作家の長谷川まり子氏は、

「彼が無罪になって帰国した時、数百人の報道陣が詰めかけました。その数は、08年にネパールが民主化を達成した時より多かったというのです」

そう振り返りながら、



「冤罪に苦しめられた15年間、およそ5500日分の“対価”として、彼はその6800万円を得たわけですが、これは、当時のネパールの平均年収のおよそ1000倍以上に相当する大金でした」

実際に生活レベルは格段に上がったようで、首都カトマンズ近郊に住む当のゴビンダさんに、その後の生活を尋ねてみると、

「貰った補償金で、まずトヨタのランドクルーザーを買いました。1250万円もしましたが、ネパールは悪路が多いので、四輪駆動はとても重宝しています」

 

とのことで、

「カトマンズの中心から少し離れた場所に、今の3階建ての家を建てました。以前住んでいた中心部にある家は貸家にしています。娘が2人いて、上の子はオーストリアで結婚し、現在はザルツブルク暮らし。生後4カ月の孫の顔を見に、私もこの前、現地へ行ってきました。下の子はネパール人と結婚して、豪州で働いています」

2人の娘の結婚費用も、むろん補償金から捻出したという。

そして、矛先は日本の警察へと向けられた。

「未だに真犯人が見つかっていないことには、怒りを覚えます。あの時、私の話を信じていれば、犯人を捕まえられたかもしれない。結果的に警察のミスで取り逃がしてしまったのだと思います」

それでも、

「残ったお金は銀行に預けていますが、ネパールの銀行は長く預けると10~12%の金利が付きます。このお金が生活に潤いを与えてくれている。いい車に乗っていい家に住んでいるのだから、私は豊かに暮らせていると思いますよ」

晴れて“成功者”になったというわけだ。

被害者女性

被害者女性は、慶應義塾大学経済学部を卒業した後、東京電力に初の女性総合職として入社したれっきとした社員(未婚)であったが、後の捜査で、退勤後は円山町付近の路上で客を勧誘し売春を行っていたことが判明する。

被害者が、昼間は大企業の幹部社員、夜は娼婦と全く別の顔を持っていたことがマスメディアによって取り上げられ、被害者および家族のプライバシーをめぐり、議論が喚起された。

 

職場でのストレスと依存症
ノンフィクション作家佐野眞一のノンフィクション『東電OL殺人事件』では、被害者女性には職場でのストレスがあったことが示唆されている。
高学歴のエリート社員で金銭的余裕があるのに、夜は相手を選ばず不特定多数の相手との性行為を繰り返していたことには、自律心を喪失していたとする見方もある。

 

拒食症
円山町近辺のコンビニエンスストア店員による、コンニャク等の低カロリー具材に大量の汁を注いだおでんを、被害者が頻繁に購入していたとの証言や、「加害者」とされた男性による、被害者女性は「骨と皮だけのような肉体だった」との証言などから、拒食症を罹患していたことも推定されている。

 

 

 

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