箱根優勝を逃した青学大の見事な負け方

 

見事な負け方だった。

悲願の箱根駅伝初優勝を果たした東海大から遅れること3分41秒。

青学大のアンカー鈴木塁人(たかと、3年)は大手町に帰って来た。笑顔でゴールテープを切ると、その後、自らが走ってきたコースを振り返り、笑顔で一礼。

鈴木を迎える森田歩希主将(4年)らも笑顔。林奎介(4年)は両手を掲げながら拍手した。

状況を知らなければ優勝シーンと見間違えるかもしれない。

今季、青学大は出雲駅伝(昨年10月)、全日本大学駅伝(昨年11月)ともに完勝。史上初となる2度目の学生駅伝3冠と箱根史上3校目の5連覇を狙ったが、惜しくも2位にとどまった。

「負けました!」。

ゴール直後、鈴木は爽やかに話した。

もちろん、勝負が決するまで決して諦めなかった。

往路はトップの東洋大と5分30秒、2位の東海大と4分16秒の大差をつけられ、6位と出遅れた。

原晋監督(51)が暗い表情で箱根の旅館に入ってくると、先に到着していた6区の小野田勇次(4年)は声をかけた。

「監督、元気出してください。僕、明日の残り3キロ、死ぬ気で走りますから。見ていてください」

6区は箱根山中から市街地に入り、傾斜が緩やかになる残り3キロが勝負所。

4年連続で山を下るスペシャリストは確固たる決意を原監督に伝えた。

翌朝、宣言通りに魂の激走を見せた。

57分57秒の区間新記録をマークし、5位浮上。

王者・青学大は反撃を開始した。

7区の林奎介(4年)も前回、自らつくった区間記録に2秒差に迫る激走で連続区間賞。2

校を抜いて3位に上がった。

8区の実力派ルーキー飯田貴之も区間2位の力走。9区の吉田圭太(2年)も区間賞で続いた。

最終10区の鈴木にタスキが渡った時、首位の東海大とは3分43秒差、2位の東洋大とは8秒差だった。

スタートしてすぐに東洋大の大沢駿(2年)を抜き、2位に浮上した鈴木はペースを緩めることなくトップを目指した。

しかし、いくら追っても東海大アンカーの郡司陽大(3年)の背中は見えなかった。

「残り10キロは体が前に進まないくらいに感じるほど向かい風が強かったけど、最後まで攻め続けることができた。アンカーに決まった時から、みんなに胴上げしてもらうつもりだったので悔しいですが、ゴールする時は絶対に笑顔でいようと思った」



鈴木は23・0キロの激闘と、その終わりを静かに振り返った。

負けてなお強し。

近年、学生駅伝界の絶対王者として君臨した青学大のプライドと潔さを感じた。

15年から4連覇を果たした青学大のゴールを見続けてきたが、ある意味、最も心を動かされたゴールだった。

レース終了後、大手町で初優勝した15年と3冠を達成した17年のアンカーを務め、歓喜のゴールテープを2度も切った安藤悠哉君(24)に会った。

「ひたすら前を追う塁人の走りは素晴らしかった。感動しました」

と3年後輩をねぎらった。

今大会、日本テレビ系で放送された往復路の平均視聴率(関東地区)は31・4%で歴代最高だった。

その中でも瞬間最高視聴率(37・7%)は青学大のゴールシーンだった。

多くの人が安藤君や私と同じ思いを抱いたからではないだろうか。

 

10年前。

原監督就任5年目の2009年大会で青学大は大会史上最長ブランクとなる33年ぶりの出場を果たした。

完走したチームでは最下位の22位だったが、アンカーは満面の笑みでゴールした。

「あの時、宇野純也が優勝したみたいに派手なガッツポーズしてゴールしたなあ。懐かしいよ。たった10年というか、もう10年というか、分からないけど。勝っても負けても笑顔でゴールする。それが青学大の伝統になった。うれしいよ」。

原監督はしみじみと話した。

勝負の世界、勝つ時もあれば、負ける時もある。

どんな王者も勝ち続けることは難しい。いつかは負ける。

その時、大事なことは負け方だと思う。

青学大は箱根路の王座から堂々と降りた。

グッドルーザー(良き敗者)に拍手を。

 

写ってる写真の全てが「笑顔」なんです・・・

 

 

 

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