日大アメフト事件 宮川泰介君 正々堂々、大学に戻っていた

 

本誌の取材に笑顔を見せてくれたものの、
「何もしゃべれないので」
と語り、宮川君は走り去っていった

 

 

6月下旬の午前10時頃、東京・三軒茶屋の緑のなかを体格の良い若者が自転車で走り抜けていった。上り坂をまるで平坦な道のようにスイスイと進み、「日本大学三軒茶屋キャンパス」へ入っていったのは、同大3年の宮川泰介君(20)だ。

 

関西学院大学との定期戦で起きた、前代未聞の「危険タックル事件」から約2ヵ月。

事件の当事者として5月22日に謝罪会見を開いた宮川君が、日大へ再び登校を始めていた。

 

同級生が語る。

 

「宮川は6月の2週目くらいに大学に戻ったようです。出席を取る教授から『宮川』と呼ばれ、『ハイ!』とはっきり返事をしていましたし、元気そうでした。」

 

 

日大側としては、このまま宮川君が大学から去ってくれることを密かに願っていたことだろう。

そうすれば、タックル事件は世間から忘れられ、いまだ指示したことを認めていない日大アメフト部前監督の内田正人氏(62)への追及も弱まり、ひいては田中英壽理事長(71)の責任もウヤムヤになるからだ。

 

「6月15日に開かれた日大校友会常任委員会に出席した田中理事長は、『(会見すれば)ただ笑いものにされて、利用されるだけなんです』と語った。このまま隠れ続け、事件が風化するのを待っているのは間違いない」(日大関係者)

 

 

宮川君は6月中旬には関東学連に「反省文」を提出し、事件の当事者として責任を果たそうと努めている。

 

田中、内田の両氏とその態度は雲泥の差だ。

 

 

本誌は講義を終え、大学を出た彼を直撃。

 

立ち止まり、笑顔は見せてくれたものの、

「僕からは何もしゃべれないんです」

と、語るのみだった。

 

 

ハタチの若者が正々堂々と学校に戻っているのに、コソコソと隠れ続ける大人たち。

内田氏と田中理事長が真相を明らかにしない限り、事件は終わらず、日大の信用が回復する日も来ることはない。

 

 

 



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