大坂なおみ、世界1位を撃破した瞬間にラケットを投げなかった理由

 

世界1位を破る歓喜の瞬間はあまりにあっけなく訪れ、快挙を成し遂げた当事者も、その事実を淡々と受け止めているようだった。

 

 

だが、「実は……」と大坂なおみは、のちに照れた笑みとともに、そのときの”真相”を打ち明ける。

 

「勝ったらラケットを放り投げ、ものすごく喜ぼうかな、とか考えてたの。でも、次の瞬間には『試合中にそんなことを考えちゃダメだ』と自分に言い聞かせた。

そんなことを考えたらきっと負けだして、私はものすごく腹立たしい思いをするだろうから」

 

 

そして彼女は会見室の記者たちに、確認するように問いかけた。

 

「ダーシャは勝ったときに、ラケットを投げて喜んでたよね?」

 

大坂が言う「ダーシャ」とは、準決勝でビーナス・ウィリアムズ(アメリカ)を破り、ひと足先に決勝進出を決めたダリア・カサトキナ(ロシア)のことである。

大坂と並ぶもうひとりの「20歳の女王候補」は、大坂がシモナ・ハレプ(ルーマニア)から第1セットを6-3で奪った直後に、記者会見室に現れた。

 

「興奮しすぎて、皆の質問にちゃんと答えられるかわからないわ!」

 

童顔を紅潮させ、声を上ずらせるカサトキナは、勝利の喜びを語るその間もせわしなくスマートフォンをのぞき込み、大坂vs.ハレプ戦のライブスコアをチェックする。

そうして約15分間の会見が終わったとき、彼女はもう一度スマホに視線を落とすと、驚きの声をあげた。

 

「ワーオ! なおみの5-0よ!」

 

カサトキナが会見室で記者の質問に答えていたとき、センターコートでは大坂が世界1位のハレプを完膚なきまでに打ちのめしていた。

 

第1セットでは効果的に決まっていたハレプの左右からのランニングショットが、第2セットでは鳴りを潜める。

代わりに増えていったのが、時にネットを叩き、時にラインを割っていくミスだった。

 

 

それらのミスは、公式記録上では「unforced error=自ら犯した過失」と記される。

だがその実態は、「エラー」のひと言で片付けられるほど単純なものではない。

大坂の完全勝利へのシナリオが書かれ始めたのは、第1セット終了後。彼女がコーチのサーシャ・バジンをベンチに呼び寄せたときだった。

 

「僕が必要かい? 君は世界1位から、第1セットを奪ったんだよ!」

 

手を広げ、快活な声を上げるコーチに、大坂は「あまりタイミングが合ってない」と訴えた。

 

 

その求めに応じるべく、コーチは穏やかな声で大坂に語りかける。

 


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「まずは足を動かすんだ。それから、あまり自分から角度のあるショットを打たず、深いボールをセンター付近に打ったらいいよ。角度をつけると、相手はうまくカウンターを打ってくるからね」

 

その策の奏功を象徴するのが、第2セットの第3ゲームで、ハレプが3本連続でショットをネットにかけた場面。

大坂の深い打球に差し込まれたハレプは、自ら広角に打ち分けようとしては、無理ある体勢を強いられミスを犯す。

 

 

ポイントを性急に求めるようにサーブを打ち急ぐ女王の姿は、つのる苛立ちを映していた。

完全にリズムを失った世界1位を尻目に、主導権を握りしめたまま疾走する大坂は、またたく間に勝利まで1ゲームへと迫った。

 

 

その最後の1ゲームは、この試合でもっとも長く、息詰まる攻防となる。

 

6度のデュースを繰り返し、ブレークの危機は4度を数えた。

最初のマッチポイントでは、アウトだと思った相手のリターンがビデオ判定の結果「イン」と判明し、うなだれる。

2度目のマッチポイントも逃したが、3度目でついにハレプのショットがネットを叩いたとき、勝者は拳を胸の前で握りしめると、口をキュッと結び、ただ天を仰ぎ見た。

 

「最後のゲームでは、ずっとナーバスになっていたの」

 

勝利の瞬間の心境を、試合後に大坂が振り返る。

 

 

「勝ったら、ちょっとは泣いたりするかなと思ったけれど、実際にはそうはならなかった。試合が終わったことへの安堵のほうが大きかったから。ようやく勝った実感が湧いたときには、もうラケットを投げるには遅すぎたし」

 

それに……と、真摯な口調で彼女は続けた。

 

「喜びすぎるのは、相手に対して失礼になると思ったの」

 

 

世界1位に敬意を表する謙虚な決勝進出者は、さらなる上を目指す覚悟を、次の言葉にも込めた。

「It’s not over」

 

 

大会は終わっていない――。

 

今はまだ、喜びに浸るときではない。ラケットを投げて流す歓喜の涙は、優勝の瞬間まで取っておく。

 

彼女にはやはり日本人の血が流れていますね・・・

 

 

 

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