羽生結弦・金メダルの陰に「夢捨てて支えてくれた姉の存在」

2018/03/07

 

「実は結弦くんは、最初はスケートにはあまり興味がなく、どちらかといえば野球とかみんながやるスポーツのほうに興味があったみたいで、5分も滑ると飽きちゃっていましたね」

 

小学2年生から中学3年生まで羽生結弦選手(19)を指導した都築章一郎さん(76)は、当時の様子をこう語る。

 

「でも、お姉さんが一生懸命練習する姿を見て、だんだん興味が高まっていったみたいです。

『姉ちゃんが飛べるなら自分も飛ぶ!』

『姉ちゃんができる技なら自分にもできる!』と、お姉さんを目標にして頑張り始めましたよ」

 

 

都築さんに子供のころの羽生姉弟の写真を見せてもらうと、切れ長の涼しい瞳や、笑い方もソックリだ。2人ともお母さん似なのだという。

「性格もすごく似ていますよ。いつも冷静で、集中力が高くて、決めたことをやり遂げる自己コントロール能力も強くて……。しょっちゅうケンカもしていましたが“いいライバル”だったと思いますよ。 結弦くんはお姉さんに追いつきたくて頑張って、お姉さんは弟に負けないように頑張って……」

 

だが経済的な問題もあり、両親は姉弟2人に、ずっとフィギュアスケートを続けさせるつもりはなかったという。

 

小学校中学年ごろ、羽生がスケートを辞めるという話も浮上したというが、お姉さんが

「結弦が辞めるくらいなら、自分が辞める」

と、強く主張したこともあって、羽生はスケートを続けることになったようだ。

 

その後、お姉さんも高校生までフィギュアを続けたが、自分が選手として世界を目指すという夢は捨て、“あくまでも弟にアドバイスができるように”という気持ちになっていたのだ。

 

 

前出の都築さんも、

「彼女はトップアスリートへの道を比較的早い時期に諦めましたが、その分、弟への思いも強いですね。そして結弦くんもお姉さん思いの子なんです。羽生家は、お母さんが食事や健康管理など、生活面でサポートして、お父さんが優しく見守る。

そして、お姉さんが競技者の先輩として、結弦くんスケートの技術などをサポートすることで成り立っていました」

羽生の金メダルの陰には、知られざる姉の献身の日々があったのだーー。

 

 

 



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