羽生結弦「久々の再会に…厳格だった父が笑顔で漏らしたひと言」

 

「スケートをやめなかったのは、やれていることが特別だったから。金銭面でも大変だし、先生方もすごく面倒を見てくれました。自分の夢で叶ったのは金メダルだけ。

ほかの夢は、たくさん捨ててきました」
2月26日に凱旋帰国した羽生結弦(23)。

 

男子フィギュアスケートで66年ぶりとなる五輪連覇を成し遂げたが、翌日の会見ではこう語っていた。

3月19日からは世界選手権が行われるが、一部からは出場を回避するとの報道も。

負傷した右足首について、当面は治療に専念すると明かしている。

 

そんな羽生を支えてくれる人物がいた。

 

 

それは父・秀利さんだ。
「羽生選手は、子どものころからフィギュア漬けの毎日。練習に熱中するあまり、帰宅が深夜になることも。その彼をいつも車で迎えに行っていたのが秀利さんでした。秀利さんは仙台の中学校で校長を務めている、厳格な教育者です。

羽生選手の才能と努力を認めつつも、決して甘やかすようなことはしなかったといいます」

(フィギュア関係者)
 

そんな父が、羽生に何度も言い聞かせていた言葉があったという。
「どんなにフィギュアの練習が大変だったとしても、勉強は続けなさい。将来は一流の選手である前に、一流の社会人になってほしい」
けがの不安がある中でも、会見では笑顔を忘れなかった羽生。

 

その対応にはファンのみならず、多くの賞賛の声が集まっていた。

 

まさに、父から教わった“人生の指針”そのものだった。

帰国した羽生が会見を終え真っ先に向かったのも、そんな父が待つ自宅だった。
 

仙台市のベッドタウンにある、築10年ほどのマンション。

15年に父が購入したものだという。

 

羽生と母・由美さんが帰ってきたとき、辺りはすでに暗くなっていた。

だが、父と姉は自宅前で待っていた。久しぶりの再会。

 

息子を見た父は表情を崩し、こう語ったという。

「ご苦労様でした」

その言葉こそ、五輪王者がずっと待ちわびていたものだった――。
 

「この日は、家族4人水入らずの“祝勝会”を開いたみたいです。深夜まで、積もる話をしていたのでしょう」

(近所の住民)

 

 

 



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