スキャンダルで地に落ちた「元皇帝」ベッケンバウアーの悲惨な現在

 

久しぶりに公に姿をみせた元“皇帝”。

個人的なドラマと健康への不安、迫りくる訴追、そして地に落ちた人望……。

 

伝説のカイザー(皇帝)、フランツ・ベッケンバウアーは人生の危険な曲がり角を迎えている。

クリスマスを数日後に控えたある日、フランツ・ベッケンバウアーはミュンヘンの中心街でディナーを楽しんでいた。

彼が公衆の面前に姿を見せるのは数カ月ぶりのことである。

ベッケンバウアー自身が商品化に力を貸した南アフリカ産のワイン、その名も「リベロ No.5」の発売を祝っての食事会だった。

 

彼の友人でありまたミシュランの星つきレストラン「アム・プラッツル」のシェフでもあるアルフォンス・シューベックが腕によりをかけた料理を堪能しながら、カイザーは妻や近親者たちに囲まれて寛いだ時間を過ごした。

その中のひとり、フェドル・ラドマンは古くからのベッケンバウアーの代理人であり、2006年ワールドカップ招致についてスイス司法当局から追及を受けた際に、不安を分かち合った盟友でもあった。

 

選手時代の冷静沈着さはどこへ?

豪華な鯉料理(ビール煮)を前に、隣に座ったハイディ夫人が幾度となくベッケンバウアーの頬を撫でて、いたわるような仕草を見せる。

何度も夫人に触れられて、ベッケンバウアーも微笑みを浮かべる。

 

だが、それでも彼は、心ここにあらずといった風情であった。

そのとき、ベッケンバウアーのトレードマークであり、彼に2度の世界チャンピオン――キャプテンとして1974年、監督として1990年にワールドカップ優勝――をもたらし、ここ数十年のドイツで最も名高い人物たらしめた、あの冷静沈着さは、いったいどこを彷徨っていたのだろうか?

食事の後彼は、ベレー帽をかぶり背中を丸めながらゆっくりとした足取りで車に乗り込んだ。

その姿は衝撃的だった。

72歳のベッケンバウアーは、健康を害しているように見受けられたからだった。

すべての公的な仕事から手を引いた理由。

2016年5月、彼は突然すべての公的活動からの引退を決意した。

25年続けた有料放送スカイ・ドイッチェラントの解説をすでに辞めており、40年続けた『ビルト』紙の連載も終えて、人生の残りの時間を家族とともに過ごすことを選んだのだった。

それはまた自分自身のために暮らすことでもあり、次第に不安が募る健康を気遣ってのことでもあった。

およそ2カ月前に2度目の心臓手術を受けていた。

彼を良く知る者たちによれば、健康の問題は2006年ワールドカップ招致を巡る騒動と深く結びついている。

 

スキャンダルが彼の気持ちをかき乱し、幾度となく眠れぬ夜を過ごしているのだという。

スイス連邦検察局が調査を担当したこの負の歴史的事件は、今年6月に判決が下される予定である。

問題となっているのは、アディダス元社長のロベール・ルイドレフュスが活動資金を提供した秘密口座の存在である。

個人的な貸与額は1030万スイスフラン(約670万ユーロ=約9億円)に達し、架空取引の形をとって支払われている。

 

莫大な額の怪しい金が、彼を取り巻く。

問題の核心となるのは、当初の700万ユーロから670万ユーロに減らされたある晩のレセプションの共同出資額である。

 

スイス当局が疑っているのは、この金はレセプションのために使われたのではなく、ドイツ協会とはかかわりのない負債の支払いに充てられたことを、被疑者たちは知っていたのではないか、ということである。

 

そして、恐らくそれは間違いではない。

またそれとは別に600万スイスフランが、ベッケンバウアーと彼のコンサルタントのひとりが管理する口座からカタールに支払われている。

自宅の家宅捜索の後、ドイツとオーストリア当局の共同尋問を受けたベッケンバウアーは、マネーロンダリングと背任行為に手を染めた不誠実な詐欺師と糾弾されたのだった。

 

暗い雰囲気の家。荒れ放題の庭……。

「この一連の出来事が、彼に甚大な打撃を与えた」とローター・マテウスは言う。


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'84年から'90年までベッケンバウアーが監督であったドイツ代表と、'90年代半ばに2度にわたりバイエルンの暫定監督を務めたときも彼のもとでプレーしたマテウスは、最もよき理解者のひとりでもある。

「(スキャンダルに)ずっと悩まされている。彼のおかげでドイツは史上最高のワールドカップを開催することができたのに」

そしてこう付け加えるのだった。

「彼とはときどき会っている。最後に会ったときは、顔色があまり良くなかったけど、それでも笑みを絶やすことはなかったよ」

だが、ザルツブルクにほど近い丘の上にある彼の豪邸の周囲は、どんよりとした空気が立ち込めている。

窓のカーテンはすべてひかれ庭は荒れ放題。

 

近所に住む住民のひとりは言う。

「散歩をする姿をこの前見ました。とても大きな心臓の手術を受けたから、公衆の面前に姿を見せなくなるのもよくわかります」

村の外れを散歩していた別の住民は、最近見かけたベッケンバウアーの様子をこう語った。

「顔がむくんでいて、いかにも具合が悪そうでした」

バイエルンでは彼の名前はタブーである。

ザルツブルクの彼の家からバイエルン・ミュンヘンの本拠地までは車で1時間半の道のりである。

そしてバイエルンでは、ベッケンバウアーの話題は一種のタブーとなっている。

クラブの名誉会長で、かつてのチームメイトでもまた同僚の執行役員でもあったウリ・ヘーネスは、ベッケンバウアーの現状について尋ねられると苛立たしげにこう答えている。

「フランツに構うな! 彼が落ち着けるように、静かに見守るべきだ。この数カ月というもの、フランツに関する話題は本当に酷いものばかりだ。彼は罪を犯したわけじゃない。ドイツサッカーの利益を守るために、いつだって彼は身を粉にして働いてきた。なのに2006年ワールドカップに絡んで、15年も前のことが蒸し返されるとは……」

ベッケンバウアーの代理人はあらゆるインタビューの申し込みを断り、フランクフルトに本拠を置くドイツ協会(DFB)では、ベッケンバウアーの名前が誰かの口から発せられるや否や、その話題はタッチラインの外に蹴りだされるのだった。

 

 

最愛の息子、シュテファンの逝去。

ワールドカップスキャンダルと並び、ベッケンバウアーの心に深い傷を与えたのが、3年前の息子シュテファンの逝去だった。

脳腫瘍により46歳で亡くなったシュテファンは、子供たちの中では最も父親と親密で、ベッケンバウアーはシュテファンがザールブリュッケンでプロ選手としてプレーする際にも、また育成コーチとしてバイエルンで働く際にも、息子のために尽力を尽くしたのだった。

「シュテファンが亡くなったのは、フランツには大きな衝撃だった」

とマテウスも同意する。

「あれだけの悲劇から立ち直るのは容易なことではないよ」

 

恐らく有罪……求刑は5年の実刑。

今や世界中で、ベッケンバウアーのイメージは損なわれつつある。

長い間、ベッケンバウアーは光り輝く天使のような存在だった。

 

それが今では、自らの意思で罪を犯し、処罰されるのが当然の人物と見なされている。

オリンピックスタジアムが完成したばかりの1970年代からバイエルンを見続けているある筋金入りのサポーターはこう語っている。

「フランツはもはや私たちのヒーローではない。ああした汚い出来事が露見した後では、彼を信頼する気持ちが失せてしまったよ」

ベッケンバウアー神話は崩壊した。

数カ月にわたるスイス司法当局の尋問は今も続いている。

彼の心もとない証言――

「契約にサインする前に、私はその内容を確認したことはこれまで一度としてない」

――では、運命を覆すのは難しいだろう。

検察は彼に5年の実刑を求めている。

 

 

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