【平昌五輪】宮原知子・夢はスポーツドクター…TOEIC835点「高木菜那との出会い」

 

いつも謙虚で一生懸命な姿はリンクの外でも変わらない。

 

幼少期を米国で過ごした宮原は英会話に堪能で、会見はいつも通訳なしで応じる。

 

今でもスケートの練習が休みの木曜日は塾に通い、時事英語を学んでいる。

「小学5年生からずっと。もともとは英語検定のために習い始めた」

というが、現在のTOEICの点数は835点とかなり高い。

 

声が小さく、引っ込み思案な少女だった。

 

全日本女王になってからも、お弁当を部屋の隅で食べていた。

この2年ほどで変わった。

 

2年前の四大陸選手権。

練習後の雑談中に、サイの鳴き声のものまねを披露してくれた。

あまりにレアすぎて、どんな鳴き声だったかは覚えていない。

1月の四大陸選手権では「今年はチーターです」。

 

片足を上げたまま、両手で招き猫のようなポーズを取ってくれた。

 

リハビリ中にスピードスケートの高木菜那と知り合い、励まし合ってきた。

女子1500メートルの応援にも出かけた。

 

宮原は海外メディアに五輪ならではの思い出を聞かれ

「ジャパンチームとして過ごすこと」

と答えた。

 

浜田コーチは

「スピードスケートの方々に、本当に知子は支えられた。メダルがすごくいい刺激になったし、ありがたかった」。

 

将来はスポーツドクターになるのが夢と話す才女のひたむきさは、人の心を打つ。

 

 

 



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