MLBで日本人初の女性トレーナー 父は2000本安打・谷沢順子の挑戦

 

「やっと俺を超えたな」

電話越しに父はこう言った。

娘が新たなスタートラインにつくことを、まるで自分のことのように喜んでいた。

「下っ端からだから、学ばないといけないこともたくさんあるし、まだ超えられていないよ」

父親に褒められてちょっと照れくさい。

でもうれしかった。

スプリングトレーニングを控えた2月1日、アリゾナダイヤモンドバックスは新たなチームスタッフを発表した。

谷沢順子(マニュアルセラピスト兼アスレチックトレーナー)。

メジャーリーグで初の日本人女性アスレチックトレーナーが誕生した。

これまで日本人男性が採用されたケースはあるが、女性にとっては狭き門だった。

それを谷沢がこじ開けた。

 

「ダイヤモンドバックスから採用の連絡が来た時はうれしすぎて、信じられなかった」

と振り返る。

 

高く評価されたのは、勉強熱心さ。

メジャーリーグへの就職活動を始めたのが10月。

吉報を受けるまでの4カ月間は焦りや不安もあった。

今回、谷沢の採用を決めたヘッドトレーナーのケン・クレンショウは

「(アスレチックトレーナーのポジションに)たくさんの応募が来たけれど、ジュンコは持っている知識を現場で使うことができるし、何よりも勉強熱心な部分を高く評価した。やる気があるから、すぐにチームに溶け込むと思う。

ただ、もっといいアスレチックトレーナーになるために、我々スタッフと密にコミュニケーションをとって技術を磨いてほしい」

と大きな期待をかける。

 

 

父は元ドラゴンズの谷沢健一氏。

アスレチックトレーナーを志したときから、心に決めていた。

将来は絶対にメジャーリーグで働く、と。

野球選手だった谷沢健一氏を父に持ち、幼い頃から野球のある環境で育ってきた。

中日ドラゴンズの主砲だった父親が怪我で苦しみ、様々な治療法を試みるのも目にしてきた

治療やリハビリによって選手寿命やパフォーマンスが変わってくる。

だから、選手の手助けをするアスレチックトレーナーになりたい、ずっとそう思ってきた。

 

日本で大学卒業後、その勉強をするために米国で大学院に入学。

その後、米国の大学で働き始め、それとほぼ同時に、アメリカ陸上連盟で国際大会へ帯同するチームのアスレチックトレーナーとしても活動し始めた。

 

2004年には、千葉国際駅伝で米国代表に帯同。

その後も世界ジュニア(現U20)、世界陸上、五輪など、数々の国際舞台でアメリカ代表をサポートしてきた。

 

また昨年は、ワールドベースボールクラシック(以下WBC)でアメリカ代表チームのアスレチックトレーナーとして働き、優勝に貢献している。

 

リオ五輪では、選手129人にスタッフ10人で対応。

陸上の国際大会において「1つでも多くのメダルを獲得する」を目標に掲げるアメリカ代表でのサポートは多忙を極めたが、中でもリオ五輪では、129人の選手に対して、アスレチックトレーナーは谷沢を含めて6人、そのほかマッサージセラピスト2人、カイロプラクター2人という人数で、早朝から深夜過ぎまで選手のケアを行った。

三段跳びで五輪連覇を果たしたクリスチャン・テイラーは

「選手たちは彼らのことを限界まで酷使したと思う」

と同情するほど過酷だった。

人生をかける大舞台に臨む選手たちは不安や焦りを口にし、時に自分勝手にわがままになる。

休憩時間にも指名が入れば駆けつける。

特に高い技術を持ち、選手に真正面から向き合う谷沢を頼る選手は多かった。

谷沢が野球の世界で働きたいと知っていた陸上選手たちは、ダイヤモンドバックスへの就職が決まったことを自分のことのように喜んだが、同時に「ジュンコがいなくなると淋しくなる」と話す。

 

キャンプでは「一番下っ端から」。

陸上のアメリカ代表、WBCの優勝チーム、そしてメジャーリーグへの就職。順風満帆のキャリアに見えるけれど、何度も壁にぶつかった。

 

アメリカで労働ビザのスポンサーになってくれる雇用先を見つけるのは、並大抵のことではなかった。

特にリーマンショックの後には、外国人の雇用に二の足を踏む大学や組織も多かった。

北京五輪、ロンドン五輪でもほろ苦い思いを味わっている。

アスレチックトレーナーとして名を連ねたが、米国五輪委員会の規定で外国籍のスタッフにはパスが出ないため、選手村やトラックに入ることができなかった。

最終調整の事前合宿で選手のケアをするグループに回ったが、自分を頼ってくれる選手を大事な現場でケアできない悔しさは大きかった。

だからこそ、外国籍のスタッフ加入が認められたリオ五輪では、全力で仕事を全うした。

日本人、そして女性という不利にも思える要素もプラスにし、「雇いたい」と思わせる知識と技術を身につけた。

ダイヤモンドバックスはすでにキャンプが始まり、谷沢も新天地での仕事を開始した。

本人が言うように「一番下っ端からのスタート」で、チームの文化を覚えたり、スタッフや選手とのコミュニケーション、野球選手へのケアの知識や技術の習得など覚えるべきこと、すべきことは山のようにある。

 

チームでは先日、平野佳寿投手が入団会見を行ったが、

「自分もたくさんの人にサポートしてもらったので、平野さんが野球に集中できるように、不自由のないようサポートしたい」

と約束する。

 

 

日本人女性初のトレーナーはどう成長するのか。

「(ヘッドトレーナーの)ケンはアスレチックトレーナーの教育、リーダーシップ、チームワーク、スポーツメディスンのシステム作りにすごく力を入れている。

自分の得意な部分をもっと伸ばしつつ、自分の弱みをしっかり克服し、チームの一員としてほかのスタッフたちと一緒に成長していきたい」

 

谷沢のメジャーリーグ人生はまだスタートを切ったばかり。

もっと技術を磨きたい、知識を増やしたい、そういう葛藤を持ち、壁にぶつかるだろう。

 

でもその壁を彼女はきっと乗り越える、いや、叩き壊すかもしれない。

 

メジャーリーグ日本人女性初のアスレチックトレーナーとして、幼い頃から野球と怪我に向き合ってきた1人として、選手にどう向き合い、どんなトレーナーになっていくのか目が離せない。

 

 

 



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