「鍛治舎巧監督の最後の挑戦」年俸3000万蹴って70万円の母校再建

 

昨夏まで秀岳館(熊本)監督として甲子園4季連続出場を果たし、3月から母校の名門・県岐阜商(岐阜)監督に就任する鍛治舎巧氏(66)が、このほどスポーツ報知の単独インタビューに応じた。

 

「(年俸)3000万以上のところもあった」と監督就任の裏側を明かし、母校再建には「改革」を宣言。“鍛治舎節”をたっぷりと語った。

(取材・構成=アマチュア野球担当・伊井 亮一、青柳 明)

―昨夏、甲子園開幕直前に自ら退任を表明した。

夏に突発性不整脈で緊急入院した時に(熊本大会)準決勝と決勝が(指揮が)できなかったので、コーチに代理監督をやってもらった。ほぼ同じことができるようになってましたから「まあ、(退任しても)いいかな」と思って。

本当は今年の90回(センバツ)、100回(選手権)まではやりたいなと思っていたけど、学校ともいろいろあったし、踏ん切りをつけて。
 

―県岐阜商監督就任の経緯は。

毎年(年末に)OB総会があって、一昨年(16年)に待望論が出たらしいですけど、まだ秀岳館の監督をしていた。それで、去年のOB総会があって、僕は秀岳館を辞めているので。
 

―ほかにも多くのオファーがあったのでは。

公式、非公式で20校以上の学校からあった。もちろん、大学も含めて。
 

―母校を選んだ理由は。

この年齢になって、大義がないとやっぱり行けない。大義というのは、母校の早稲田の系列校か、県岐阜商。あとのところに、お金をいっぱい積まれても行くつもりは毛頭なかった。
 

―公立校なら収入は減る。

社会人指導者という制度【注】があって、1400数十円の時給で、1日(報酬が出るのが)2時間までの認定で(1週間に)5日間。1日2800円ぐらいで1週間に1万4000円。4週間だから(1か月に)5万6000円で6万弱。(年間では)70万円弱が私の報酬です。
 

―秀岳館での報酬は。

月に50万円。安いですよ。(年間は)600万円。ボーナスは70万円ぐらいあった。
―よく引き受けましたね。

OBからは「ふるさと納税だ」って(笑い)。
 

―岐阜での住まいは?

(学校から)車で10分ぐらい。2LDKで8万3000円。土、日(の報酬)が認められれば、やっと家賃が払える(笑い)。
 

―好条件のオファーもあったのでは…。

そりゃ、ありましたよ。(年俸)3000万円以上のところもありました。1800万円のところも。でも、そういう学校には行けない。この年齢になって、お金で動いていると思われるのが一番、嫌なので。お金なんて関係ない。
 

―契約年数は。


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一応、5年と言ってます。7年後に野球部の創部100年、学校の創立120周年なんですよ。「そこまでに態勢を」と。ただ、はっきりはしていないです。
 

―今回が最後の指揮。

秀岳館が最後だと思ったけど、岐阜が最後になりますね。生半可な改善じゃダメなので、改革しないと。改革は意外と簡単。ガラッと変えるわけですから。
 

―改革には批判もある。

あるでしょうね。コーチに言ってるのは「教えない勇気を持て」と。岐阜も熊本と一緒で柔道、剣道が強い。どうしても形にこだわるから指導したくなる。先生は教えたがる。教えていないと、存在意義がないような気がするんでしょうね。
 

―現状のチームは。

12月にスポーツテストを受けさせました。秀岳館だったら30メートル走3秒台は6、7人もいて、全国で1番だった。県岐阜商は(トップが)4秒31ぐらい。それは秀岳館だったら30何番目ぐらい。全然違う。ロングティーをやらせても、秀岳館だったら(飛距離は)メンバーにも入れないぐらいの選手が一番上の数字。
 

―練習時間は。

秀岳館は体育の授業の一環でもあったので、2時から10時までが全体練習。全国で一番長いんじゃないかな。今度は一番長くできても(練習は)4時間。寮がないので、遅くても8時までには帰さないと。8時間(だった練習時間)を3、4時間以下にしないと。
 

―古豪復活を期待されている。

(春夏甲子園)歴代勝利数は4位なんです。公立校ではNO1。全国最強公立校だった。戦前は特にね。今はこんな体たらくなので、古豪復活というか、その基盤をしっかりつくる。簡単にいくとは思っていません。
 

―甲子園出場の目標は。

やってみないと分からない。選手集めだって、県内しか無理なわけですから。公立校だし(学力が)届かない子は獲れない。限られた条件の中で、秀岳館よりはるかに時間がかかる。古豪から強豪に戻れるようにと思っている。戦後初優勝を目指して頑張りたい。それも、岐阜県で生まれ育って頑張ってきた選手で。
 

―大阪桐蔭で注目されている根尾昂内野手(2年)も岐阜出身だ。

12月末に(大阪桐蔭)西谷監督からメールが来たから「岐阜にはもう足を踏み入れるな」と言っておきました(笑い)。この前は、浦和学院の森(士監督)くんと会ったから「分かってるな。岐阜県の子はダメだぞ」と(笑い)。
 

―地元出身選手の育成がカギになる。

農産物で地産地消というのがあるんですけど、野球版・地産地“生”なんですよね。地元の子を地元で生かす、という話をしている。甲子園で勝ちたいという思いがあるから(県外へ)出て行く。自分の将来があるから行くのは勝手なので、それは止められない。行かないような魅力ある野球部、指導者、学校をつくらないといけない。目を輝かせて「県岐阜商で野球がやりたい」と言ってくれるような野球部にしないといけないですよね。
 

【注】正式名称は「特別教育活動担当非常勤講師」。今年度の時給は1470円で、1日2時間まで。土、日のいずれかを含む週5日が、報酬の対象だった。
 

◆鍛治舎 巧(かじしゃ・たくみ)

1951年5月2日、岐阜県生まれ。66歳。県岐阜商のエースとして69年センバツ8強。早大から松下電器で外野手、監督。75年阪神ドラフト2位指名を拒否。パナソニック専務を務めながら、枚方ボーイズ監督として、13度の日本一。NHKの高校野球中継では、長年にわたり解説者を務めた。14年4月から秀岳館(熊本)の監督に就任し、昨夏限りで退任していた。
◆県岐阜商(岐阜市)

1904年創立、創部は1925年。春3度、夏1度の全国制覇など、春夏それぞれ28度の甲子園出場。通算56度出場は史上3位、甲子園通算87勝は公立トップ(私立を含めると4位)。高木守道(元中日監督)らプロ選手も多数輩出。13、15年センバツでは共に8強入りしたが、夏は12年が最後。昨夏は、岐阜大会3回戦で公立の海津明誠に7回コールド負けを喫し、監督交代したばかりだった。

 

 

 

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