保阪尚希 7歳の誕生日3日後に両親が自殺 親戚の非情な言葉…

 

俳優・保阪尚希(50)が16日、TBSで放送された「金スマSP」に出演。

 

7歳の時、両親が自殺したことなど、壮絶な過去を明かした。

サラリーマンだった父、主婦だった母、4歳下の妹、祖母の5人暮らし。

 

保阪は「すごい教育ママだった」母親のもと、英語、ピアノ、エレクトーン、そろばん、習字、器械体操など多くの習い事をし、幸せに暮らしていた。

しかし、7歳の誕生日を迎えた3日後の1974年12月14日、両親が自ら命を絶った。

 

メディアでは無理心中などと報じられた。
いつもは両親、保阪が2階で寝ていたが、その日だけは、父親から

「尚希はきょうはおばあちゃんの部屋(1階)で寝なさい」

と言われたという。

 

翌朝、目が覚めると、玄関に

「同じ革靴がぶわーっと脱ぎ捨てられてて」

と多数の警官が自宅に駆け付けており、祖母が質問攻めにあっていたという。
 

保阪と当時2歳半だった妹は、親戚のおじ宅に連れていかれたが、

「何も分からない。急すぎて。(当日の)記憶がないんです」

「記憶を消したのか覚えてないのか、そこだけ記憶が断片的なんです」

と振り返った。

 

葬儀の後、保阪は「1人で生きていく」と誓ったという。
その後、祖母との3人暮らしが始まり、保阪は極力、祖母に迷惑をかけまいと、料理、家事を自分でやっていたという。

 

しかし、両親の死から2年後、9歳の時に祖母が脳いっ血で倒れ、半身不随になってしまう。
 

その時、いち早く駆けつけた叔母が発したのが

「あんたが迷惑かけるからよ」

という非情な言葉だった。

 

わずか9歳だった保阪だったが、この時、

「1日でも早く自立する、1円でも稼ぐ仕事をする」

と誓ったことなどを明かした。

 

 

  • 両親が亡くなったことよりも
    叔母の言葉が記憶に残るって
    私達から想像出来ない人生を渡ってきたんだね。
  • よくここまで頑張って生きてきたと思う。
    この人の全盛期の頃、そんな人生を送ってきたなど微塵も感じさせない強さがあったように思う。
    幸せになってほしい。。
  • 知的レベルが相当高いですね。
    お金が欲しいと思うことは7歳でも出来るかもしれない。
    けど、出来ない子も居ますよね、どうしたら良いかわからないって子の方が寧ろ多いと思う。
    そしてわずか10歳に満たない年齢で?
    お金を自分で稼ぎそして早く自立しよう
    と考えつくってすごいと思う。
    行動力も凄いしね。
  • 小さな子どもたちを残して死を選ぶ。よほどのことがあったのかもしれません。何故ご両親が亡くなられたのかはわかりませんが、残された子どもたちの心の傷は計り知れないと思います。
  • なんだそれ…言葉にならない悲惨な境遇。よくここまで生きてらっしゃった。その一言につきる。
  • その叔母さんはどうしてるのでしょうか?保阪さんが成功して手のひら返したようになってるのでは?
  • 世の中には幼少期、こういう辛い思いをしている人もたくさんいるんだろうな。
    普通の環境で育って来れただけ、まだ自分は幸せなんだと思った。
  • 保阪さん凄いです。
    拒絶な生い立ち、離婚等も経験されたと思いますが今の保阪さん素晴らしい方になっておられますね。
    これからも更に仕事に活躍されるの願ってます!!
    応援してます!

 

 

 



-エンタメ, ゴシップ, 話題
-,