桶川ストーカー殺人事件「娘は3度殺された」

 


亡くなった猪野詩織さん

 

平成11年、埼玉県桶川市で女子大生の猪野詩織さんが刺殺された「桶川ストーカー殺人事件」。

 

同事件によってストーカーの孕む危険性が認知されると同時に、警察の「民事不介入」の是非や、報道被害についても議論が喚起された。父、猪野憲一さん(67)が語る。

 


猪野憲一さん(被害者の父)

 

昨年の10月26日で、詩織が殺されてから18年が経ちました。

今も納骨する気にはなれず、私と妻は詩織のお骨の隣に布団を敷いて、毎晩一緒に眠っています。

 

今もふとした時に詩織の様々な姿を思い出します。

特に忘れられないのは、詩織が高校生の頃のこと。

「お父さん、そのワイシャツ、ヨレヨレになってきたから新しいのを買いなよ。それは私に頂戴」。

 

どうやら女性用の丸襟ではなく、男性用の尖った襟のワイシャツを制服の下に着るのが流行っていたようです。

他の子は男性用のを買っているのに詩織は「お父さんのを着る」と。

年頃になっても、父親想いの優しい娘でした。

 

そんな詩織が、ストーカーの部下だった男に刺殺されたのは21歳になった年の秋でした。

犯人グループへの憤りはもちろん最も強いのですがそれだけではありません。

 

 

私は、娘は3度殺されたと思っています。

 

1度目は殺害された時。

2度目は、警察に、です。

 

地元の埼玉県警上尾警察署には、何度も相談に行っていたのですが、「民事不介入」を言い訳に、親身に対応してもらえなかった。

それどころか、後に明らかになったのは、我々が出した「告訴状」を県警本部に報告義務のない「被害届」に改竄したり、虚偽の報告書を作るなどの信じがたい不祥事でした(後に署員3人に有罪判決)。

 

そして3度目の殺人は、マスコミによるものです。

 

娘は一方的に犯人側から贈られた高価なブランド品などはすべて返送しているのですが、バイト代を貯めてやっと購入した中古のプラダのリュックを引き合いに

「ブランド狂いで男におねだりしていた」

とか

「いかがわしい店でアルバイトをしていた」

などと事実無根の話を報じられました。

 

虚偽の情報を鵜呑みにして「女性にも落ち度がある」「自業自得」などとテレビで話すコメンテーターもいました。

 

また、いわゆるメディアスクラムにも随分苦しめられました。

深夜まで、「一言コメントを」と玄関のドアをドンドンと叩く記者が引きも切らず、妻は買い物にもいけません。

 

2つ下の弟は当時高校3年生でしたが、受験勉強に集中できるはずもなく、娘を殺された上に何故こんな酷い仕打ちを受けるのかと苦悩しました。

 

ただその後、当時写真週刊誌「フォーカス」の記者だった清水潔さんやテレビ朝日「ザ・スクープ」の鳥越俊太郎さんらの真摯な、粘り強い調査報道によって、事件の真相が報じられ、警察の不祥事も暴かれて、国会でもストーカーを巡る議論が巻き起こった。

 

事件の翌年の5月18日、異例の早さでストーカー規制法が成立しました。

ちょうどこの日は詩織の誕生日だったので、不思議な縁を感じたのを覚えています。

 

 

実名報道の必要性

しかし、今もストーカー事件は相次いでいます。SNSなどが発達した現状にあわせた更なる法改正をするべく「ストーカー行為等の規制等の在り方に関する有識者検討会」が警察庁のもとに立ち上げられ、私も一時検討委員を務めました。

 

また昨年は京都府警察学校で、初めて警察官の皆さんを相手に講演もしました。

警察に対する恨みがないといえば嘘になりますが、ストーカー被害をなくすための活動は、声がかかる限り引き受けようと決めています。

 

被害者の実名報道についても色々と考えるところはあります。

 

娘の事件が、「関東地方に住むXさんが殺された」と顔写真もなく報じられていたら、この事件の残忍さや、重大性は伝わらなかったと思います。

また、実名が報道されていることで、例えば嘘が報じられた際に友人たちが「詩織はそういう人間ではない」と訴えてくれて真実が明らかになった部分もある。

 

さらに、匿名では捜査当局が情報操作する可能性もあります。

やはり多くの人の目に、どこの誰がどのように命を奪われたのかという正確な情報を公開することは、犯人や警察の嘘を防ぐためにも必要不可欠です。

ただ、遺族がどうしても「嫌だ」と言う場合には、然るべき配慮はしていただきたいですが。

 

 

今も取材を受け、詩織の顔や名前を公開するたびに私の胸は痛みます。

でも私よりも詩織のほうがどれだけ痛かったかと思えば、私の痛みはいくらでも我慢できるのです。

 

 

 



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