奨学金受けた息子亡くし8年、夫婦に265万円の督促状

 

 

■奨学金破産

手元にはA4封筒の束がある。

 

中には奨学金の貸与が決まったことを告げる、日本学生支援機構からの通知。

埼玉県立蕨(わらび)高校の仲野研(けん)教諭(59)は高3の生徒たちに配り、呼びかけた。

「開ける前に、自分が月々、いくら借りることになるのか封筒の端に書いてごらん」

正しく書ける生徒は約100人のうち7割ほど。

 

「じゃあ、大学を卒業したら、どれぐらいの金額になる?」

「毎月、いくらずつ返す?」。

 

ペンをもつ生徒たちの手が止まった。

仲野教諭らが担う「奨学金」事務は、申請書類を集めて機構に送るなど、手続きを支えるのが役割だ。

 

作業は単純だが、数百万円単位のお金に関わるだけに責任は大きい。
「私が借りた40年前と違い、いまは利子がつく場合もあるし、回収は厳しい。借りるデメリットも知らせないと、子どもたちを窮地に追いやりかねない」。

 

生徒や保護者には、

「奨学金といってもローンです」

と伝えている。

 

 

0・37%――。

機構が2016年度、回収が難しいと見込んだ奨学金約1690億円のうち、実際に債権回収をあきらめた割合だ。

 

同じように税金をもとに貸し付け事業をする機関では、教育ローンなどを扱う日本政策金融公庫(国民生活事業)が12・3%、個人事業者や中小企業向けに融資する商工組合中央金庫は6・4%。単純には比べられないが、機構の深追いぶりがうかがえる。

 

機構は、債権放棄の基準をこう定めている。

<返還未済額が1万円未満でかつ2年以上無応答>

つまり、1万円でも残額があるか、2年前まで連絡がついていれば請求を続ける。

例外は自己破産、行方不明など。

本人が死亡しても、債権を放棄するとは限らない。
12年秋、北海道の港町に暮らす夫婦のもとに、265万円の一括返還を求める督促状が届いた。

39歳の息子を膵臓(すいぞう)がんで亡くし、8年がたっていた。

 

「なんで、いまごろ」。

 

連帯保証人である夫宛ての書類を見ると、息子は借りた185万円のうち80万円ほど返していた。

 

残金と利息の合計123万円に加えて、延滞金が142万円。

延滞金は死後の分も含まれていた。
妻(77)が機構に電話をすると、担当者は言った。

「払えなければ裁判になります」。

脅されているようだ、と感じた。

 

 

“奨学金破産”の連鎖

奨学金を借りている大学生は今や2人に1人。

しかし、奨学金を借りても返せない人が増加、自己破産にまで追い込まれるケースが累計1万件以上にのぼっている。

親に頼れず、あるいは親に迷惑をかけずに学びたいと借りたはずの奨学金。

なぜ、社会のスタートラインに立ったばかりの若者たちが「自己破産」という重い十字架を背負うことになってしまうのか。

 

「学校に通うには、奨学金に頼るしかなかったんです」

仙台で保育士をしている美香さん(仮名・29歳)。

今年、奨学金600万円(高校・大学)を返す目処が立たなくなり、破産申告を行った。

「まさか奨学金で破産するなんて思いもしませんでした。」

美香さんはため息をつく。

 

子どもが大好きで、保育士になることを夢見てきた美香さん。

しかし、高校時代に父親の事業が失敗し、大学進学どころか、日々の生活さえ困窮していった。

将来の夢を諦め、自分が働いて家計を支えるしかないと考えていた美香さんに、高校の教師がさとした。

「奨学金を借りれば進学も可能だよ」

美香さんは、夢をあきらめなくてもいいんだ、と知って、奨学金を借りて保育士の資格をとれる大学に進学することを決めた。

美香さんは、家計を支えるため、昼は働いて、夜に大学に通うという生活を送った。

少しでもお金を節約しようと、成人式の時、友達が綺麗な振袖で着飾っていても、美香さんだけは一人普段着だった。

 

 

「奨学金を返したくても、返せない…」

無事に保育士の資格をとり卒業できた美香さん。

しかし、公立の保育園に就職できたが、非正規の枠で雇われたため、月給はおよそ14万円。

家賃や光熱費などを支払うと、ほとんど手元には残らない。

 

そこに待ち構えていたのが、月々5万円という奨学金の返済だった。

 

美香さんは奨学金の支払が猶予される制度を使って、支払いを延期していたが、非正規の仕事を続けても年収は一向に上がらず。

「奨学金を返せる目処が立たない。返したくても、返せない。」

美香さんは追いつめられていった。

 

当時、美香さんには結婚を約束した恋人がいた。

 

しかし、このままでは多額の奨学金によって相手にまで迷惑をかけてしまうことを怖れ、婚約も破棄する決断をした。

卒業してから7年目のことだった。

 

自己破産をするしかないのか…。

しかし破産をすれば、クレジットカードを作ったり、家や車のローンを組んだりすることができなくなる。

美香さんは、悩み抜いた末、破産という道を選ぶことにした。

29歳の春のことだった。

「借りたものは返すのが当たり前だというのはわかっています。私もずっと悩み続け、家族と何度も話しあいました。でも、これしか私には道がなかったのです。」

 

 

本人の破産で終わらない 破産連鎖

しかし、不幸はこれで終わりではなかった。

美香さんが破産をすると、奨学金の連帯保証人となっている父親に、奨学金の支払いを求める請求が移るのだ。

 

奨学金制度では、本人が破産をすると、連帯保証人や保証人になっている親や親戚に返済が求められる仕組みとなっている。

家族に破産が連鎖することを防ぐには、機関保証の仕組みで、一定の保険料の納付を続ければ、本人が破産すればいったん、肩代わりしてもらえる仕組みもある。

 

しかし、奨学金の給付額が実質、減ることになることや、制度をそもそも知らない学生も多く、利用している人は少ない。

そもそも、奨学金は親の経済力に頼れないから借りるものだ。美香さんの親も失業していた。その親に返済が移れば、破産は避けられない。

「父親を巻き込むことになるなんて…。」

美香さんは言葉を失っていた。

 

しかし、それでも終わりにはならない―。

 

父親が破産すれば、いずれ、保証人をしている親戚の叔父へ、請求が届くことになるのだ。

 

 

奨学金を借りてもホームレスになった学生

都内の国立大学に通う、大学4年生の雄也さん(仮名)。

奨学金は4年間で480万円借り、それだけでは生活ができず、アルバイトをして学生生活を送っている。

 

大学進学のため、実家のある熊本から上京してきた雄也さんは、アパートで一人暮らしを始めた。

3人兄弟の長男で、父親の年収はおよそ300万円。

父親からの仕送りはなく、大学の授業料や生活費のすべてを自らまかないしかなかった。

 

国立大学の授業料は、年間およそ50万円、年度末に払うためには毎月4万円貯金しなくてはならない。

さらに、アパート代や生活費、教科書代などを含めると、1か月あたり、18万円ほど必要となる。

これを奨学金8万円とアルバイト代10万円でまかなおうと考えた。

 

さらに、大学に通うためには様々な費用がかかる。

ゼミ合宿、テキスト代、さらに、レポートを提出するためにパソコンやプリンター、インターネットの通信料など、出費はかさむばかりだった。

 

大学3年生の時、ついにアパートの更新料が払えなくなり、ホームレス学生になってしまったのだ。

「1年間、学校の校内や公園、友達の家を転々としていました。」

雄也さんは淡々と振り返る。

 

そうした生活が続いた結果、大学4年生になっても卒業に必要な単位がそろわず、すでに2年間、留年している。

 

お金を稼ぐことを優先すれば、授業に出られず、授業に出ようと思えばホームレス化してしまう― 雄也さんは、それでも

「食べるためにアルバイトを辞められない」

というギリギリの状況に立たされていた。

 

 

大学中退すれば「莫大な借金」しか残らない

大学を何とか卒業するために、時給の高いアルバイトを探し、泊まり勤務の仕事をすることにした。

 

大学の授業を終えた後、午後6時半から、翌朝9時まで働くという勤務を毎日行っていた。

収入は14万円ほどに増え、生活費は工面できるようになったが、授業に大きな支障が出るようになった。

その結果、卒業に必要な単位がそろっていないのだ。

 

雄也さんは、すでに留年して、奨学金が止められていた。

 

奨学金8万円の支給が止まり、さらにアルバイトを増やさなくてはならなくなった。

そして、さらに学業に影響が生じるという悪循環に陥っていたのだ。

アルバイトで無理を重ねていたある日、雄也さんは、ゼミの教官から「大丈夫か」と声をかけられた。

 

事情を打ち明けると、返ってきた言葉に雄也さんは愕然とした。

「学生の本分は勉強なんだから、勉強しなさいと言われたんです。そんなことは、言われなくてもわかっている。でも、アルバイトをしないと飯も食えないし、授業料が払えない。抜け出せない負のスパイラルにはまっているからこそ相談したのに…。」

留年して2年。

卒業するために必要な単位は、まだそろっていない雄也さん。

中退をすれば、残されるのは480万円という多額の奨学金の返済だけだ。

 

「中退をしてしまうと、奨学金を借りて、ここまで苦労してきた大学生活がなんだったのか― 今までの人生の意味も分からなくなってしまう。しかも、中退後に、これだけの奨学金を返せる仕事に就けるという保証はない。もう、いっそ、死んでしまおうかと思ったこともある。」

 

奨学金破産予備軍の急増

奨学金を借りていた人が、大学を中退してしまうと、どのような現実が待ち受けているのか。

今年の夏、発表された「大学中退者調査」によると、“奨学金を借りた大学中退者”のうち、半数が年収200万円以下だという分析結果が出た。(調査・東京大学大学院の小林雅之教授他)

 

大学を中退すると、さらに奨学金破産のリスクが高まることが分かったのだ。

奨学金破産のリスクに直面しているひとり、2年前、大学4年生の時、中退した中退智彦さん(仮名・24歳)を取材した。

 

今の年収は200万円ほどだ。

高校3年生の時、大学進学を目前に控えた時期に父親がリストラされ、智彦さんは、家計を支えなくてはならなくなった。

 

大学進学後は、奨学金を500万円ほど借りていたが、全く足りず、アルバイトをいくつも掛け持ちして、家計を支え続けた。

試験期間もアルバイトを休まず働いたが、それでも授業料が払えなくなり、大学4年の秋、中退せざるを得なくなった。

 

中退後、毎月の手取りは18万円でボーナスはない。

そこから毎月10万円を親に生活費として渡しているため、奨学金を返済する余裕がないのだ。

 

しかし、奨学金の返還を求める通知は繰り返し届く。

当面、支払い猶予しているが、その期限も10年間。

その間に返せなければ自己破産しかない。

 

「なんで自分だけがこういう目にあうのかと、親を恨んだこともあります。でも、もう人のせいにするのはやめようと思いました。結局自分で自分の尻をふくしかないんです。誰も助けてくれない。」

そういった後、友彦さんは達観したように言葉を継いだ。

 

「奨学金の返済も大きな人生の勉強代だと思うようにしました。」

夢をかなえようと奨学金を借りて進学した大学を中退― 結局、就職のハンディと、さらに奨学金の返済という重い荷物を背負わされた、再出発― その過酷さを「人生勉強」と語った智彦さんは、もはや夢を語る気力も失われていた。

 

国は、来年度以降、一定の成績などを納めた低所得世帯の学生に対して、ひとり当たり、月額3万円前後の範囲で、返済不要の給付型奨学金の支給に踏み切る方針だ。

 

しかし、成績や年収での線引きがあり、困っている学生たちをどこまで救うことができるのか実効性は不透明だと専門家は指摘している。

 

 

 

奨学金、恐怖の取り立て!「しゃべれるなら働け」

機構側は制度を改め、14年4月からは延滞金がある人も年収が200万円以下なら猶予を受けられる「延滞据置猶予」を設けた。

 

しかし、同猶予を申請すると、今度は

「時効を主張したり、機構が裁判を起こした人は制度が受けられない」

と後から運用を変更し、突き返された。

 

「日本学生支援機構の問題は、たとえ救済制度を設けても、自分たちの都合のいいようにルールをつくり変えていること」

と語る。

 

救済制度を受けるための証明手段にもハードルがある。

例えば、過去に遡って返還猶予を受けるためには、返済ができなかった月の所得状況を証明する書類を役所から取得しなくてはならないが、5年以上前の所得証明書を得るのは難しい。

 

結局、救済措置がなされず、利用者が借金に苦しむことになってしまうケースもある。

 

とはいえ、

「延滞する前に救済制度を活用すればいいのでは?」

「結局は自己責任の問題ではないか」

と思う人もいるかもしれない。

 

 

しかし、日本学生支援機構が設ける制度の仕組みや条件は複雑で、公式ホームページを見てもすぐに理解できるものではない。

奨学生のなかには、制度の存在すら知らない人も多いという。

さらに、救済を求める利用者に対する機構側の態度にも問題がある。

 

寝たきりになり大学を中退することになった奨学生が、機構に返済の相談をすると、『借りたなら、返すのが筋』の一点張りで、受けられるはずの免除制度の存在すら知らせなかった例もあります。

 

また、精神を病んで医者に働くのを止められていた人が機構側に返済の免除を申し出ると、係の人に

『あなた、しゃべれるでしょ? しゃべれるなら、働けるんですよ』

と暴言を吐かれた例も報告されています。

 

滞納者のなかには、障害を負ったり精神的な病気を患ったりしている人も多い。

 

そうした人が、職員の暴言に耐え抜き、面倒で複雑な救済制度を利用するのはかなりの困難を伴う。

 

 

貸付金の回収率はメガバンク並み

それにしても、独立行政法人とはいえ、政府公認の機関である日本学生支援機構がサラ金まがいの取り立てを行うのは、なぜなのだろうか。

 

「公的な教育資金が足りていないというのが根本的な理由です。高等教育への公財政支出をGDPで比較すると、日本の支出はOECD(経済協力開発機構)加盟国の中でも最下位。当然、奨学金制度にあてる財源も不足しています。

それを裏付けるかのように、日本学生支援機構の奨学金制度のうち、奨学生の約7割が利用している有利子の奨学金(第二種奨学金)の財源の多くは、民間借入金、財政融資資金、財投機関債といった外部資金です」

 

「借りたものは返す」というのは、小さな子供でも知っていることだ。

機構も、こうしたお題目を振りかざして厳しい取り立てを行っている。

 

しかし、仮に大学時代の4年間、毎月10万円の奨学金を受け取っていたら、卒業後の返済額は月々2万円以上となり、年収300万円以上でなければ返済するのは難しい。

新卒でそれだけの収入を得られる人が、どれだけいるだろうか。

 

なかには、長時間労働を強いるブラック企業に就職して精神を病んでしまったり、非正規雇用から抜け出せなかったりする人もいるはずだ。

 

今や、奨学金を利用する人の誰もが返済不能に陥る可能性がある。

「そういう意味で、奨学金制度の利用は、ある種の『バクチ』のようなものだと言う人さえいます」

 

 

憲法第26条には

「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」

と定められている。

 

しかし、現実には、教育の機会は平等に与えられているわけではない。

 

格差が広がるなか、中流層以下の家庭に生まれた子供が高等教育を受けようと思うと、「バクチのような」奨学金に頼らざるを得ないのが現状だ。

 

そして、そのバクチに負けた人間に対する十分な救済制度は、今のところ備わっていないのである。

 

 

 

 



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