【平昌五輪】原大智 急逝した恩師への誓い

 

フリースタイルスキー男子モーグルの原大智(20)が五輪初出場で銅メダルに輝いた。

 

日本人男子フリースタイルスキーでは初めてのメダル。

意外なことに中学時代は体育の成績が「3」だったが、卒業後にモーグルの本場、カナダで武者修行を積み、望外の結果を出してみせた。

 

2本目をトップで通過した際は笑顔すら浮かべていたが、さすがに6人にしぼられた決勝の3本目は表情が強ばっているようにも見えた。

それでも1回目のエアで安定した着地を見せると、そこから一気に加速。

2回目のエアも落ち着いて決め、ゴールまで24秒90で駆け抜けた。

銅メダル確定の表示を見ると、親指を突き立てて喜びを爆発させた。

 

 

雪国生まれの選手が多い競技だが、原が育ったのは東京の一等地の渋谷区の恵比寿だった。

 

小学6年生のときにモーグルと出合い、小さな大会で思う通りに滑ることができなかったことが負けん気に火をつけた。

渋谷区立広尾中学に上がると冬は毎週末、スキー場のある群馬に通うようになった。

 

原は他のスポーツも万能というわけではなく、中学時代の体育の成績は『3』だったという。

だが、モーグルへの熱い思いから、卒業後、ためらうことなく強豪国カナダへの留学を選んだ。

 

 

転機になったのは、16歳だった2013年8月。

13歳のときから指導を受けていたコーチの平子剛さん(享年27)が急性心筋梗塞で他界した。

原は大きなショックを受け、恩師の棺に向かって五輪に出ることを誓ったという。

 

そして、その5年後、平昌でその約束を実現させるだけでなく、フリースタイルスキーで日本人としては02年ソルトレークシティー五輪の里谷多英以来のメダルをもたらした。

 

原は

「ただただうれしい。ほっとして、なんか、今までつらかったなって思った。全然去年も成績を残してないし、これが初めての表彰台。もう心がいっぱいです」

と感無量の様子。

 

同世代の堀島行真(20)の陰に隠れていた『体育3の男』が主役に躍り出た瞬間だった。

 

「3位と聞いて金メダルじゃなかったと思ったけど。このコースは合っていて滑りやすかった」

と満面の笑顔だった。

 

 



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