なぜこんなに揉める? 抗争勃発の太田・岡村・博士

 

浅草キッドの水道橋博士、爆笑問題の太田光、ナインティナインの岡村隆史の3者の間で抗争が勃発している。

きっかけは、博士が自身のライブのゲストに岡村を招き、長年の誤解を解いたことからはじまる。

 

岡村が『オールナイトニッポン』(ニッポン放送系)において、木曜一部でレギュラーを始めるにあたり、博士がビートたけしが担当した伝説の枠を関西芸人にやってほしくないと岡村宅に“殴り込み”をかけたというもの。

実際は、家電購入の相談に訪れただけであり、岡村は記憶を誤解していたとラジオで釈明した。

 

だが、この話を聞きつけた太田が自身のラジオ番組『爆笑問題カーボーイ』(TBSラジオ系)において、

「博士は絶対に責めている」

「岡村は気が弱いから押し切られているだけ」

と焚き付けた。

 

これに対し、博士はTwitterで太田の態度を

「阿佐ヶ谷の総理大臣は何時もウラトリなしのフェイクニュース」

と皮肉った。

 

以来、2週にわたって言葉の応酬が続いている。

そもそも、3者の関係はどのようなものなのか。

あらためて芸歴と年齢を整理してみたい(年齢は2018年2月現在)。

 

3人の中でもっとも年長者なのが浅草キッドの水道橋博士である。

1962年生まれの55歳。

1987年に玉袋筋太郎と浅草キッドを結成し、芸歴は32年目だ。

 

爆笑問題の太田光は1965年生まれの52歳。

1988年に大学の同級生だった田中裕二と爆笑問題を結成しデビュー。

芸歴は31年目になる。

 

爆笑問題と浅草キッドは、渡辺正行が主宰していたライブ「ラ・ママ新人コント大会」で共演しており、古い付き合いとなる。

さらに、太田夫人で、現・芸能事務所タイタンの光代社長も、太田と同事務所のタレントだった。

 

ナインティナインの岡村隆史は1970年生まれの47歳。

高校の後輩であった矢部浩之と1990年にコンビを結成し、芸歴は29年目になる。

 

現在はタメ口の関係となっている爆笑問題と浅草キッドだが、厳密には浅草キッドが一年先輩となる。

 

だが、先に売れたのは爆笑問題の方であった。

社会派漫才を得意とする若手のホープとして売り出され、1990年には『ビートたけしのオールナイトニッポン』(同)の代打を爆笑問題が務め、放送終了直前に博士がスタジオに乱入している。

だが、同じく1990年に爆笑問題は、当時の所属事務所であった太田プロダクションから一方的に独立したため、以来数年間にわたって業界から干される。

 

その時期に大阪からやって来てブレイクを果たしたのがナインティナインであり、『浅草橋ヤング洋品店』(テレビ東京系)では、浅草キッドと共演も果たす。

爆笑問題の復活は90年代後半の『ボキャブラ天国』(フジテレビ系)シリーズの活躍を待たねばならない。

ネプチューンや海砂利水魚(現・くりぃむしちゅー)といった一世代下の芸人たちに混ざり、爆笑問題は念願の再ブレイクを果たした。

 

同時期に博士は免許を不正に取得したことが問題となり、芸能活動を謹慎している。

芸歴と売れた順番が一致を見ないため、三者の“舌戦”はより複雑さをきわめているともいえるだろう。

 

今後の展開にも注目したい。

 

 

 



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