松坂大輔は「痛みへの恐怖心」に勝てるか?

 

去年と今年の今ごろを比べてみたら、いったい何が違っているというのだろう。

もちろん、ユニフォームが違う。

去年はホークス、今年はドラゴンズだ。

そして去年はホークスで3年目だったが、今年はドラゴンズに初お目見えだ。

 

チームメイトだけでなく、ファンやメディアにとっても新鮮さが違っているだろう。

さらに言えば、伝えられている年俸の額が、去年は4億円、今年は1500万円と、まったく違っている。

だからと言って、こんなに違っていいのかと不思議に思う。

ナゴヤ球場で行なわれた入団テストは、民放テレビ局のワイドショーが生中継した。

非公開だった室内練習場にマイクを向けて、ボールがミットを叩く音を全国に流したのだ。

そして合格直後の記者会見も日本中に生中継された。

背番号99、中日ドラゴンズの松坂大輔が誕生した瞬間だった。

 

 

お祭り騒ぎはここから始まる。

沖縄の北谷(ちゃたん)で行なわれている春季キャンプ。

 

初日、ブルペンに入らなかったと言って大騒ぎしたかと思えば、2日目、ブルペンに入って32球を投げたと、でっかく取り上げられる。

投げたら投げたで、まだキャッチャーを立たせたままのピッチングだったというのに、やれ蘇(よみがえ)っただの、飛ばし過ぎだの、いろんな声が飛び交った。

3日目も、キャッチボールすらやらないノースローの1日だったというのに、バッティング練習で柵越えを2本、ガッツポーズにスタンドは拍手喝采だったと見出しがつき、練習後に即席のサイン会を開催すれば長蛇の列ができたと、これまたニュースになる。

そして小雨混じりの日曜日となったキャンプ4日目、松坂のキャッチボールを近くで見られる三塁側のスタンドだけに黒山の人だかりができた。

 

5日目のブルペン入りでは、ついにキャッチャーを座らせたと、またまたヒートアップする。

北谷で売り出された松坂グッズはあっという間に完売、松坂が人気低迷のドラゴンズを救う、後輩たちへの波及効果も抜群、果ては将来の監督候補だと報じられるに至っては、騒ぎ過ぎにも程があるというものだ。

 

第1クールの北谷は、松坂一色に塗りつぶされていた。

まさに、”平成の怪物、北谷降臨”――ピッチャーとしての松坂に懐疑的な目しか向けられていなかった、ついこの前までのあのネガティブな空気はどこへ行ったのか、という変わりようである。

 

しかし、何も変わっていないことがひとつある。

それは、去年も今年も……いや、ここ何年もの間、明日のことを心配しなくていい今日であったことはない、ということだ。

 

ちょうど去年の今ごろ、松坂はこう言っていた。

「野球が楽しいなって、また思えるようになってきました。たぶん、ちょっと投げられるようになってきたからだと思います。今は痛いところはありません。ただ、感覚的に肩周りの状態には波があって……いいときには朝起きてすぐ、『あ、今日はいいな』と思うし、ちょっと落ちている感じがするときは『今日はまだまだだな』って思ったりします。手術した場所の感覚は日によって違うんですよね。

でも、去年(2016年)あった不安というものは、だいぶなくなってきています。今年(2017年)、目指しているのは腕を強く振るということです。そのためにはちょっとした間を取る動作が必要なんですけど、その間を作る余裕が持てなくて、腕を前で強く振れない。タイミングがうまく取れなかったんです。もしかしたら、心のどこか深いところで怖さを持っているのかもしれません」

 

そして今年、初ブルペンで投げ終えた直後の松坂は、こう言っている。

「ちょうど気候もよくなりましたし、予定していたよりも少しだけ多く投げてしまいました。キャッチボールのときもそうなんですけど、たまに痛めていたときのかばう動作っていうのがちょいちょい出るので、自分の体に『大丈夫だよ』と言い聞かせながら投げていました。森監督からも『気になる動きがあるよ』と言われて、僕は『たぶん、こういうことだと思います』と理由を話したんですけど……それは腕の使い方ですね。

無駄な力が入ってしまうというか、痛めたときの動作が出て、無理やり投げてしまうというのがたまにあったので、それを少しずつ減らしていけたらいいなと思います。いろいろな部分でのタイミングを確認しながら、ズレないように同じリズムで、と思いながら投げてましたけど、出来はまだまだです。(気持ちよく投げられた感じは)いやぁ、まぁ、今のところ、去年よりは……ハイ」

 

そうなのだ。

自分の体に大丈夫だよと言い聞かせながら――。

 

今のところ、去年よりは――。


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つまりは今も、心のどこか、深いところにある怖さが完全に消えたわけではない。

何しろ去年の秋までは肩の痛みが深刻で、投げることさえできず、懸命の治療を続けていたのだ。

医学的に痛みの原因がなかなか特定できず、治療もリハビリも、正しい方向に進んでいるのかさえわからなかった。

 

そんなとき、ホークスの工藤公康監督がこう言った。

「オレにもあったよ。朝起きたら、突然、肩が痛くないってことが……だから、いつそういう日が来るかわからないんだと思って、とことん頑張れ」

このオフ、自宅のあるボストンに戻ってから、メジャー式のプログラムに則(のっと)って肩の可動域を広げるトレーニングを続けてきた。

痛みが出ない毎日が続き、おそるおそる投げてみたら、やはり痛くない。

 

わずかな光明を頼りに、寒いボストンから温暖なロサンゼルスへ移動して、ボールを投げてきた。

朝起きて、今日も痛くないと安堵する一日一日を積み重ねて、今がある。

そして、そういう日々はこれからも続いていく。

 

松坂はこうも言っていた。

「ホント、何がストレスかって、僕の中では腕が前で強く振れないっていうのは一番、ストレスが溜まるんです。フォームに関しては、いろんな人にいろんなことを言っていただくんですけど、それは確かにそう投げられるのが理想です。でも、それは今の僕には合わない。なぜなら、その使い方をしたときに痛みが出るかもしれないという怖さがあるからです。

いつも不安はありますよ。だって、絶対に痛みが出ない保証はどこにもないですからね。怖さというものは常にどこかで持ってます。だから、防衛本能みたいなものが働いているのかな。体が、気をつけろというサインを出してくる感じがするんです。ホント、微妙なんです。そこを乗り越えられるのかは正直、分からないんですけど、もし乗り越えられたら、これで大丈夫だという自信みたいなものが出てくるかもしれません」

 

その自信は、まだ芽生える段階にはない。

 

恐怖心を拭い去るのは、並大抵なことではないからだ。

右肩に異変を感じて以来、松坂は引き出しが豊富だったが故に、痛くないところを探しながらのフォームでもそれなりに投げられてしまった。

期待に応えたいという責任感と、ピッチャーとしての能力の高さが、松坂にはあった。

だから、痛くなくなったかと思えば、また痛み出すという悪循環を繰り返し、結果的に右肩の回復が遅れた。

何度も痛みを経験しているからこそ、防衛本能が働くのだが、その半面、闘争本能が働いてスイッチが入れば、ギアはどんどん上がっていく。

そして、トップギアに入れても痛みが出なければ、松坂にはバッターを抑えられるという絶対的な自信がある。

 

実際、彼はそれだけの実績を積み重ねてきている。

痛みが絶対に出ないという自信はなくとも、痛みさえ出なければバッターを圧倒できるという自信が揺らぐことはない。

 

それが、今も昔も変わらない”松坂大輔”なのだ。

だから、騒ぐのはまだ早い。

今のところ、去年とそんなに変わっているわけではない。

去年も今年も、痛みが出なければ一軍のスラッガーたちと真っ向から勝負できるピッチャーがそこにいる、というところは同じなのだ。

ただ、去年は開幕が近づくにつれて、右肩に痛みが出てしまった。

今年は今のところ、痛みが出ていない。明日は痛みが出るかもしれないという不安と戦いながら、床に入る毎日。

朝、目覚めて、肩が上がればホッとする。

痛くないところを探す必要がなければ、ヒジが下がることもないし、担ぐように投げることもなくなるし、開きが極端に早くなってしまうこともない。

そういう松坂であり続ければ、これだけ経験値が高く、引き出しが豊富で、力のあるピッチャーが、ドラゴンズの戦力にならないはずはない。

 

周囲の喧騒に惑わされることなく、ゆっくり、慎重に――それで十分、今の松坂大輔は勝てる。

 

 

 

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