21歳で来た生理「体操選手と思春期」の闘い

 

五輪では女子選手の参加が増加し、今や半々に迫ろうとしている。

その裏では、女性ならではの問題も存在する。

 

例えば、思春期に訪れる生理も、その一つ。

「THE ANSWER」では「女子選手とカラダ」について考える新連載を開始。

 

第1回は「体操選手と思春期」。

幼少期から打ち込み、10代でピークを迎えるといわれる競技において、女子選手はどんな悩みを抱えているのか、元日本代表選手の体験談をもとに迫った。

「初めて生理が来たのは大学生の時。21歳でした。それまで来ないことは全然、心配もしていなかったので、『引退まで来なければいいな』と思っていたのが、本音でした」

そう話してくれたのは、元日本代表・岡部紗季子さんだ。

4歳から体操を始め、長い手足を生かし、ゆかを武器にして活躍。大学時代にユニバーシアードに2度出場するなど、第一線を走り続けた。

初めて生理が来たのは、大学いっぱいで競技を退く目前、明大3年の21歳だった。

一般的に成人を迎えてから、というのは極端に遅い。しかし、体操界の事情は異なっていたという。

「普通の女の子は小学校高学年ですが、体操界で小学生のうちに来る子はなかなかいない。高校生になって初めて来る子も珍しくないし、全体として遅い傾向にある。実際、周りでは24歳になって初めて来た人もいました」

なぜ、「遅い傾向」は生まれるのか。

岡部さんは「体重制限と運動量にあるのかなと思います」と話す。

 

競技の特性上、体重が軽い方が有利になる。強豪選手はベスト体重を定め、設定値を超えないようにコントロールする。

岡部さんが所属していたクラブでは中学生から練習前と後に2回の体重測定が義務付けられていた。

体重制限は競技を引退するまで10年間、続いた。

 

 

162センチ45キロ、体脂肪率7%の現役時代「生理が来たのはショックでした」

「常に、ギリギリで設定されているので大変でした。特に、水分は500ミリリットル飲めば、体重は500グラム増えてしまう。自由に水も飲めないのがつらかった。オーバーしていたら練習に入れず、ずっとランニングなんていうこともありました」

現役時代は身長162センチ、体重45キロ。体脂肪率は7%だった。

10代女子の標準からすれば、1/3以下の数値だ。

加えて「1日でも休んでしまうと、あっという間に体操の感覚が失われる。365日オフがない」という理由もあり、ハードだった。

「辛かったことだらけ。体重もそうだし、怪我もそう。どこかしら痛いのは当たり前で、疲労骨折もよくしていました」

と当時を振り返る。

それでも、強くなりたい一心で過酷なトレーニングをこなし、メキメキと頭角を現した。

一方、中学、高校と年齢が上がるにつれ、同世代の友人に生理が来ていても、まったく不安に思わなかったという。

「当時は来ない方がいいと思っていた。来る来ないで、精神面も体力面も違う。予備知識として、来ない方がコンディションもいいということも聞かされていたので」

その裏には、体操選手ならではの悩みがあった。

「特にレオタードなので、嫌だなという気持ちがありました。生理用品をつけながらやることに不快感があった。周りから見えてないかなと心配もしなきゃいけなかったし、余計に来ない方が楽という感覚になっていました」

だから、実際に生理が来ると「ショックでした。引退まであとちょっとだったのに……」が、偽りのない思いだった。

大学3年生で初めて経験し、当然、競技には大きな影響があった。

 

「全然、負担は違いました。なかなか集中できないし、当然、生理痛もあるし、だるさは常にあった。体の感覚でいえば、プールを上がった後みたいに、ふわふわした感じがある。バランス感覚が問われる平均台で、いつものようにバシッといかず、安定しない感じがありました」

対処法として、ピルの服用があった。

時期をずらすことができ、大会と重なる場合など、リズムをコントロールすることができる。

 

代表合宿で「気になるならピルを出せます」と説明を受けたこともあったが、副作用の知識などがなかった当時は抵抗もあり、実際に使うことは使わなかった。

生理の一般的な傾向の一つが、体重が増えやすくなること。

生理前は食欲が増進し、同じように食べていても体重が増えてしまうことは珍しくない。

制限が厳しい体操選手にとっては死活問題だ。

「やっぱり、体重は増えやすくなりました。500グラムとか。意外と今日、重かったなと感じることがありました。普段からすごく気をつけていたのに、それでも変わっちゃうんだなという。体重管理はつらい部分の一つでした」

フィギュアスケートなど10代前半から活躍する競技のように、体操界でも思春期による体の変化が成績に影響する例もあった。

「高校生から大学生にかけて、急激に成績が落ちる選手はたくさんいます。大学に入って環境が変わったことが原因になる場合もありますが、思春期で明らかに太ってしまうことがあり、体の変化はすごく大きい。どうしても体型は変わってしまうイメージはあります」

岡部さん自身、生理痛などの苦労に悩むこともあったが、練習と重なっても休むことはなかった。

 

「胸が出てくるのも嫌。女性よりもアスリートとしていい方を選ぶのが普通でした」

それは、体操選手が持っている独特の「感覚」が理由にあったという。

「試合で来たら同じ状況になる。生理に限らず、体調が悪い時、故障がある時も常にベストでできるようにしておかないといけないので、それもトレーニングという考え方。『感覚』が大事な競技なので、前回うまくいったからと同じようにやってもうまくいかない。その日その日のコンディションに感覚を合わせることが大事になるんです」

生理不順も経験しながら、全うした現役生活。

競技によっては思春期の悩みを選手同士で共有することもあるが、岡部さんの周囲ではそういう環境になかった。

「まず、生理が来る年代が人それぞれ差がありすぎたこと。あとは恥ずかしさがあって、悩みを共有する空気じゃなかった。『みんな来てないのに私だけ……。女性になっちゃった』という感じ。そういう部分も含め、精神年齢が若いスポーツならではと思いました」

少しでもうまくなりたい、強くなりたい――。

高い目標を持つからこそ、普通の10代が持つような、女の子らしく見られたいという願望もなかった。

「髪形もポニーテールで、唯一、レオタードはかわいいのを着たいくらい。胸が出てくるのも嫌。走って揺れるのも、本来の競技とは違う、女性的な見られ方をされるのも嫌。“女性として”よりも“アスリートとして”いい方を選ぶのが普通でした」

なぜ、自分に生理が来ないのかについては「ただ、成長が遅いだけかな」と気に留めることはなかった。

 

女性コーチを含め、指導者から助言を受けることもなかったという。

 

 

「知識としては小中学校の保健の授業くらいで、アスリートとしての特別なものは特になかった。気持ちとしては来ない方がいい、というそれだけ。だから、特に心配することもなかった。でも、今になってみると、きちんと自分に来ない理由は知っておいた方が良かったと思います」

 

アスリートである前に、一人の女性でもある。

体に悪影響が及んでいる可能性を考慮すべきだと考えている。

 

「もし、『選手の体になっているから』と思っていても、実は病気の可能性もある。それはきちんと治さないといけない。ただ、知識のない10代の高校生が考えることは難しい。例えば、代表では指導者からのアドバイスだったり、専門家からのセミナーみたいなものだったりがあれば、いいなと思います」

 

包み隠さず、様々な経験談を明かしてくれた岡部さん。

20年には東京五輪が行われる。

 

アスリートの存在が脚光を浴びる今だからこそ、体操界としても、より良い環境になってほしいと願っている。

 

「海外は10代で引退も多く、生理を経験せずに引退もある。でも、日本は競技年齢が上がって20代でも現役は普通。ピルという選択肢だけじゃなく、副作用も含め、メリット、デメリットを知れると、競技に生かすことができる。前回のリオ五輪でも大学生が代表に入っているし、生理に関わる選手も多い。そういう問題を共有できる環境になってほしいと思います」

 

 

◇岡部 紗季子

1988年5月16日、東京都生まれ。朝日生命体操クラブ出身。4歳で体操を始める。

02年、代表メンバー初選抜。明大では2大会連続ユニバーシアード代表に選出。

得意種目はゆか。

引退後は明大コーチを経て、体操教室で指導を行う。TBS系「KUNOICHI」でも活躍。自身のインスタグラムでは現役時代の経験を生かし、街、海など様々な場所で逆立ちを披露する「逆立ち女子」として人気を博している。

 

 

 

 



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