メジャー制覇から一転、2度と浮かび上がってこなかった男

 

栄光と挫折-。

 

一流のアスリートであればあるほど、両者の振り幅は大きい。

毎年、ゴルフの全英オープンの季節を迎えると、ある選手のことが頭をよぎる。

 

イアン・ベーカーフィンチ(53)という豪州出身の悲劇のゴルファーである。

1991年ロイヤル・バークデールでの全英オープンに勝って世界に名をとどろかせたものの、メジャー初制覇を境に深刻なスランプに陥り、そのままツアーからの引退を余儀なくされた。

7月17日に開幕する全英に、メジャー優勝と久しく縁のないタイガー・ウッズが出場する。

壁にぶつかったとき、どう出口を見いだすのか。失意を希望に変える方法を探る。

 

 ■世界一からの転落

「豪州の渡り鳥」の異名を取り、日本ツアーでも活躍した190センチの長身、イアン・ベーカーフィンチ。セベ・バレステロス(スペイン)をはじめ世界のビッグネームがしのぎを削る中、下馬評では“伏兵扱い”だった無名の30歳が4日間、強豪を寄せ付けず、初メジャーの栄冠をさらった。

 

豪州チャンピオンとしては、グレグ・ノーマン以来4人目の快挙。

「全英には出場できるだけでうれしかったのに…」。

 

夢を現実のものにしたというのに、栄光はただの一度きり。

6年後の全英で92をたたき、ツアー連続予選落ちは30試合を超えた。

「ジ・オープン」の栄冠があまりに重すぎたのか、ベーカーフィンチはその後、ツアーの優勝争いから完全に消えた。

 

当時、スイングの改造がスランプの傷口を深くしたと言われたが、メンタルな要因も否めない。

メジャータイトルを背負い、自分のゴルフスタイルを完全に失った。

「遊びでも90を切れなくなった」。

 

自慢のパットにも自信をなくし、気づいたときにはアマチュア並みのゴルフしかできなくなっていた。

 

■全英には「魔物」が棲む

ゴルフの神様はきまぐれである。

一度、世界の頂点に立った選手をいとも簡単に引きずりおろしてしまうのだ。

 

「魔物」が棲んでいるといわれる全英オープンの覇者にもう一人、デビッド・デュバル(米国)という悲劇のゴルファーがいる。

元世界ランク1位の彼もまた、2001年の全英を制した後、大スランプにフィアンセとの破局などが重なり、メジャー大会ではその名を聞くこともなくなった。

デビッド・デュバルDavid Duval, 1971年11月9日 - )

アメリカ合衆国フロリダ州ジャクソンビル出身のプロゴルファー。

2001年の全英オープンゴルフ優勝者である。1999年3月から8月にかけて世界ランキング1位の座にいたこともあった。

アメリカPGAツアーで「13勝」を挙げているが、現時点では2001年全英オープンが最後のPGAツアー優勝になっている。父親のボブ・デュバル(Bob Duval)もプロゴルファーである。

ジョージア工科大学を卒業し、1993年にプロ入り。

1995年からPGAツアー参戦を開始する。1997年10月の「ミゲロブ選手権」でツアー初優勝を果たすと、翌週の「ウォルト・ディズニー・ワールド・オールズモビル・クラシック」で2週連続優勝を遂げ、年間最終戦の「PGAツアー選手権」(出場資格は当年度の賞金ランキング30位以内の選手のみ)でもいきなり優勝して、一気に3勝を記録し、ツアーデビューからわずか3年で賞金ランク2位に躍進(この年の賞金王は、ルーキーでマスターズを含む年間4勝のタイガー・ウッズ)。

26歳の1998年には年間4勝を挙げて、初のPGAツアー賞金王になった。

そして1999年に入ると、いきなり年間開幕戦の「メルセデス選手権」を史上最少ストローク記録(26アンダーパー)で制し、3月の「ザ・プレーヤーズ選手権」の優勝により、タイガー・ウッズを抜いて初の世界ランキング1位になった。

ところが2002年に入ると、デュバルのゴルフ人生は暗転する。

左肩や腰などの故障に加え、婚約者との破局など公私両面の問題が重なり、この年のデュバルは賞金ランキング80位に落ち込んだ。

2003年以後は、ツアー大会で予選通過もおぼつかないほど極度の不振状態に陥り、長い間スランプ脱出の手掛かりをつかめない苦悩が続いた。

 

 

全英には「カーヌスティの悲劇」という語り草もある。

1999年、24年ぶりの開催となったカーヌスティで、無名のフランス人、ヴァン・デ・ヴェルデが快挙に着々と近づいていた。

 

最終日17番までは完璧だった。

しかし、迎えた18番(パー4)に悲劇が待っていた。

ティーショットを大きく曲げて隣のホールへ。

2打目も観客席に直撃するトラブル。

 

結局、3打差リードを守れずにプレーオフに突入。精神状態が錯乱する中で、プレーオフでも勝てずにみすみす大魚を逃してしまった。

 

世界中のファンにゴルフの持つ落とし穴を知らしめたヴァン・デ・ヴェルデの名は「カーヌスティの悲劇」として語られることはあっても、雪辱という形で語られることは、あれから15年たった現在までない。

 

 ■自分を助ける思考法

「ゴルフのことはコースに置いてくる」。

 

ゴルフにそんな名言があるのは「負の連鎖」が起きやすい競技特性が影響している。

特にスコアが悪かった日は気持ちを引きずりやすい。

だからこそ、結果は結果として奮闘した4日間の記憶をコースに置いてくるぐらいの習慣を身につけることが自らを助ける。

壁にぶつかったときの対処法によって、その後の競技人生が変わってくるのである。

 

 

 

イアン・ベーカーフィンチの事はよく覚えています。

プロのゴルファーが90を切れないなんて・・・・

 

メンタル以外の何物でもありませんね。

 

 

 

 



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