"片足のエース" 思わず泣けてしまった映画です。

2017/02/06

高校生の時でした。(40年前の話ですね・・・)

野球部員だった我々に顧問の先生から「明日、練習終わってから映画観てきてくれ。」・・・と

その映画見て皆、感想文を書くようにとの事でした。

そしてその映画の題名は「片足のエース」

・・・・え~漫画でしょ!?アニメなの!?もう高校生なんですけど・・・

ってな感じでした。

 

そして、皆乗り気のないままその映画を観ました。

・・・・感動しました。泣いたの隠すのたいへんでした。

 

この映画は小児マヒに右足を侵されたハンデを背負いながら、

第四十八回大会福岡県予選で活躍し“片足のエース”として話題を集めた

元博多高校野球部島石正美投手をモデルに映画化したものでした。

 

自分で硬式野球をやってみて「片足」にハンディキャップを負ってエースなんて考えられない。

そんな思いでバカにしていたのですがこの映画では高校野球の練習の厳しさがリアルに描かれていて


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恐らく経験者でなければわかリ得ない細かなところまで再現されていました。

 

・雨で練習中止になった時の嬉しさ
・怖い先輩が練習休んだ時の解放感
・朝のグランド整備してからの「早弁」
・夏の練習が終わってからのOBからのコーラの差し入れ

 

いろんな思い出がありますが、その通り再現されていて嬉しかったです。

 

映画のストーリーは下記の通りです。

全国高等学校野球選手権大会の入場式が行なわれている真夏の甲子園球場、興奮と歓声渦巻くネット裏に一人の高校生がゲストとして招かれていた。テレビのインタビューを終え、歩きだしたその少年は意外にも右足の不自由な身体障害者だった。彼の名は大島正平。博多南高のエースだった。正平は二歳の時小児マヒにかかり右足の自由を失っていた。だがチャンポン屋を経営する父久米一、やさしい母照子、弟想いの兄姉正太郎、ひろみの愛に包まれて明るく育てられたが、一歩家をでれば、社会は決して甘やかしてくれないことを知っていた。彼を支えるものは野球に対する情熱だった。高校野球の練習は厳しかった。右足のハンデからランニングはいつもの他部員から遅れ、牟田口監督の怒声を浴びた。しかし、鬼監督の血のにじむようなシゴキの中で、チームメイトの友情は深まっていった。特にバッテリーを組む楠とは気があった。練習に疲れた身体をもみほごしてくれる肉親たちの愛情、ふとした機会から文通を始めた女子高生松尾しのぶの友情も青春の喜びと勇気を与えてくれた。それに、体育会の慰問で行った身体不自由児施設新光園の子供たちの期待にも応えねばならなかった。しかし、ヒット性の当りも一塁で刺されたり、ゴロをさばくにも転んでしまったり、正平は“右足”がチームに負担をかけているのではないかと悩んだ。だが、牟田口監督の百本ノックのシゴキの前にそんな不安も消飛んでしまった。やがて、高校球児の夢、甲子園を目指す地区予選が始まった。不自由な足でマウンドを死守する正平の活躍は話題を集め、各新聞は“片足のエース”と讃えた。名門久留米田高と対戦、マウンドに立った正平の見たものは、身体を保母に支えられ、不自由な足で、笛、大鼓を鳴らし応援する新光園の子供たちの姿だった。延長十二回、正平の頭脳的ランニングで決勝点をあげた博田南はついに地区代表決定戦にのそんだ。相手校は前年度の全国優勝校三池商高。しかも優勝の原動力、エース田上投手も健在。一方、正平は、前日延長十二回の疲れを押しての連投である。必死に投げる正平の“右足”にとって連投の疲れは決定的なものだった。敗れた博多南校ナインに、スタンドから盛大な拍手が送られた。それは“片足のエース”への心からのねぎらいと讃辞だった。いつまでも鳴り止まぬなか、右足をひきずりながらマウンドを去る正平に悔いはなかった。全力を尽してきた“汗と土の青春”が愛と努力の尊さを教えてくれたからだった。

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結末まで書かれていますが、この映画を是非今の甲子園を目指している高校球児に観ていただきたいと思います。
尚、製作に勝新太郎の名前がありますね。

先日「2020年東京オリンピック」開催が決定しました。

そのプレンテーションで佐藤真海さんが有名になりましたが、彼女も片足が義足でしたね。

身体が不自由にもかかわらず・・・あの笑顔・・・感動しました。

 

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